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【パリ】超マイナー!病院の中にある礼拝堂

綾部 まと

綾部 まと

フランス特派員

更新日
2025年11月20日
公開日
2025年12月3日

パリ市内には数多くの教会がありますが、病院の敷地内にひっそりと佇む礼拝堂を訪れる機会はあまりありません。「Chapelle de l’abbaye de Port-Royal」は、観光地として大きく知られてはいないものの、落ち着いた時間が流れる静かな祈りの空間。周囲を歩くだけでは見過ごしてしまいそうな小さな教会ですが、その控えめな佇まいには独特の魅力があります。

今回は、そんな超マイナーな礼拝堂をご紹介します。

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病院の敷地で偶然見つけた、小さな教会

パリで生活を始めると、さまざまな手続きが思いのほか時間を取ります。住居の契約書に名前を追記してもらうこと、その書類がないと納税者番号が発行できないこと、そしてそこから個人事業主登録までが長くつながっていること――ひとつ進まないだけで、次の扉が開かない。そんな日がしばらく続いていて、この日も気持ちは少し沈んでいました。

そんなとき、地図の上の小さな十字架がふと目に留まりました。観光名所でもなく、誰かに勧められたわけでもありません。ただ、歩き出すきっかけとしては十分でした。向かってみると、その場所は病院の敷地の中にありました。

白い建物が静かに並び、行き交う人の足取りは落ち着いています。観光客のざわめきも、旅の高揚感もありません。淡々とした“日常”の空気の中に、その教会はひっそりと建っていました。

外観は控えめで、十字架が空へ細く伸びています。目立つ装飾も看板もなく、気づく人だけが足を止めるような佇まいです。病院の建物の影に寄り添っているようなその姿には、不思議と安心感がありました。

足を止めたとき、心の中のざわつきがほんの少し静まった気がしました。旅の途中で偶然のように現れる“小さな祈りの場”。扉の前で短く深呼吸をしてから、そっと中へ入ってみることにしました。

こぢんまりとした礼拝堂で、静けさに触れる

扉を開けると、そこには控えめで美しい静けさがありました。大きなパイプオルガンも、煌びやかな装飾もありません。けれど、午後の光が白い壁にやわらかく落ちていて、それだけで十分に落ち着いた空気が満ちていました。

礼拝堂は思ったより小さく、ベンチが数列並んでいるだけ。その素朴さが、むしろ心地よい距離感をつくっていました。座ってみると、ここだけ時間が少し遅く流れているように感じます。外で抱えていた生活手続きの煩わしさも、この空気の中では薄い膜の向こう側に置かれたようでした。

ふと視線を向けると、マリア像がこちらを向いていました。豪華な衣装をまとっているわけでも、映画に出てくるような劇的な美しさでもありません。けれど、その表情には不思議な“柔らかさ”があり、見ているだけで気持ちが静かになっていきます。

美しさというのは、高価なものや特別なものに宿るわけではない。そんな当たり前のことを、思い出させてくれました。高級なヘアアイロンを買おうか迷っていたこと、何かに負けないように背伸びしようとして疲れていたこと――そうした考えが遠くで小さく波打っては消えていきます。そこにあるのは、飾られた価値ではなく、ただ“在る”ことの強さでした。

 

受付の女性との会話、そして中庭で見た穏やかな光景

礼拝堂をあとにしようと扉へ向かったとき、受付の女性が声をかけてくれました。少し言葉を交わすと、「いとこが日本に住んでいるの」とのこと。

そのいとこは現在日本でカトリックの布教活動をしているらしいです。「日本に行くことがあったら教えてね。連絡を取ってあげるから」と笑顔で言われ、冗談なのか本気なのかわからないその軽やかさに、ふっと力が抜けました。

誰かと数分だけでも言葉を交わすだけで、気持ちが少し明るくなることがあります。ただ、予定を入れすぎて人と会いすぎると消耗してしまう。そのバランスの難しさを、彼女と話しながらふと思い出しました。無理に誰かとつながろうとしなくても、こういう偶然のような出会いが、ときには十分なのかもしれません。

外へ出ると、中庭に妊婦さんたちがいました。大きなお腹を抱えながら、パートナーと穏やかに話し込んでいます。平日の日中にこうして寄り添える時間をつくれるのは、フランスらしい光景。笑い声が一定のリズムで重なり、その場だけ柔らかな膜に包まれているようでした。

「これから生まれてくる子どもたちは、きっと幸せなんだろうな」と思いました。私にもこんな時間があったのだろうか、あるいはこれから訪れるのだろうか――答えの出ない問いではありますが、考えることそのものがこの場所の静けさに溶けていくようで、足取りは軽くなっていました。

小さな教会を出る頃には、朝までまとわりついていた重さがすでにどこかへ消えていました。人気スポットではありませんが、旅の途中に静かな場所を探している方には、そっと立ち寄ってほしい場所です。

■Chapelle de l’abbaye de Port-Royal
住所:Hôpital de Port-Royal, Paris
アクセス:RER B「Port-Royal」駅から徒歩約5分
営業時間:院内施設のため日によって異なる場合があります。現地の案内表示をご確認ください。
入館料:無料
URL:https://maps.app.goo.gl/DxPWSXMCVepaSJKX7

 

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