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パリには、ルーヴルやオルセーのような有名美術館だけでなく、静かに心に残る“通好み”の場所が数多くあります。フランス特派員として、そんなニッチな美術館を紹介していきます。今回訪れたのは、ラテン地区に佇むMusée de Cluny(クリュニー中世美術館)。観光客には少し見落とされがちですが、実はフランス人のあいだで根強い人気を誇る美術館です。
クリュニー中世美術館の最大の特徴は、展示物だけでなく建物そのものが歴史の一部であることです。館内には、1世紀頃のガロ・ローマ時代の浴場跡が残り、その上に15世紀の修道院長館が建てられています。中世美術を鑑賞しながら、さらにその下の時代まで同時に感じ取れる――そんな不思議な体験ができる場所です。
19世紀に国がこの建物を取得し、中世美術専門の美術館として整備されました。彫刻、写本、ステンドグラス、金工品、象牙細工、そして有名なタペストリー《貴婦人と一角獣》など、宗教と生活、装飾が密接に結びついていた中世の世界観を、立体的に知ることができます。展示室を歩いていると、美術館というより「時間の層の中を歩いている」感覚になります。
■施設情報
Musée de Cluny(クリュニー中世美術館)
住所:28 rue du Sommerard, 75005 Paris
電話番号:+33 1 53 73 78 16
アクセス:RER B線「Luxembourg」駅から徒歩約7分/メトロ10号線「Cluny – La Sorbonne」駅すぐ
営業時間:10:00〜18:15(火曜休館)
入館料:常設展示 有料(※第1日曜日は無料)
URL:https://www.musee-moyenage.fr/
現在開催されている企画展「19世紀が見た中世――装飾芸術における創作と贋作」(2025年10月7日〜2026年1月11日)は、とても示唆的な内容でした。
フランス革命後、19世紀の人々は中世を「失われた理想の時代」として再発見します。ロマン主義の広がりや技術革新、大規模なコレクションの成立を背景に、中世に着想を得た作品が数多く生み出されました。それらは必ずしも忠実な復元ではなく、コピーやパスティーシュ、異なる時代を混ぜ合わせた作品、さらには贋作も含まれていました。
この展覧会では、本物の中世作品と、19世紀に生み出された「中世風の作品」が並べて展示されます。そうすることで、「どこまでが再現で、どこからが創作なのか」「本物とは何か」という問いが、鑑賞者に静かに投げかけられます。
壁一面に掛けられたタペストリーの放つオーラは圧倒的でした。正直、絵画だったらここまで心を動かされなかったかもしれません。布であるがゆえに、どれほどの時間と手間が費やされたのかを想像してしまう。その「積み重ねられた時間」そのものに、人は自然と畏敬の念を抱くのだと思います。
私は、短期間で生み出された作品に対して、どこか不安を感じてしまうことがあります。短くても強度のある作品は確かに存在しますが、それは見えない時間の蓄積があるからこそ成立するものです。
結局、人は「時間がかけられたもの」に、無意識のうちに価値を見出しているのではないでしょうか。
だからこそ、この展示テーマにも納得がいきました。たとえ贋作であっても、人の心を動かし、感謝や感動を生むなら、それは一つの役割を果たしている。完全なオリジナルであることだけが、価値の条件ではない――そんなメッセージに、私は少し励まされた気がしました。
館内に小さな礼拝堂のような空間があるだけで、空気が一変するのも印象的でした。家の中に小さな祈りの場をつくる中世の感覚は、現代にも通じるものがあるのかもしれません。
以上、パリで“中世という時間”に静かに向き合えるクリュニー中世美術館を紹介しました。派手さはありませんが、余韻の深さは随一です。パリ滞在中、少し立ち止まって考えたいときに、ぜひ足を運んでみてください。