• Facebook でシェア
  • X でシェア
  • LINE でシェア

【パリ】象徴主義の画家が残した家、ギュスターヴ・モロー美術館

綾部 まと

綾部 まと

フランス特派員

更新日
2026年1月11日
公開日
2026年1月11日

パリには、ルーヴルやオルセーのような有名美術館とは別の文脈で、静かに心をつかんでくる場所があります。フランス特派員として、そんなニッチな美術館を紹介していきます。今回訪れたのは、9区の住宅街に佇むギュスターヴ・モロー美術館。象徴主義の画家ギュスターヴ・モローが生き、描き、考え続けた家をそのまま公開した美術館です。ここでは作品だけでなく、画家の思考そのものに触れるような体験が待っています。

AD

ギュスターヴ・モローという画家の歩み

ギュスターヴ・モローは1826年、パリ生まれ。19世紀フランス美術のなかでも、少し孤立した、けれど強い存在感を放つ画家です。写実主義や印象派が台頭していく時代にあって、彼は現実をそのまま描くことを選びませんでした。神話、聖書、文学、夢、幻想――モローが向き合ったのは、外の世界よりも、むしろ人間の内側にあるイメージでした。

若い頃から国立美術学校で学び、アカデミックな素描力と古典的な技法を身につけたモローは、早くからサロンでも評価されます。しかし、彼の関心は次第に「正確に描くこと」から離れていきます。物語の筋や道徳的な教訓よりも、象徴、装飾、色彩、そして沈黙。見る人が意味を決めきれない余白を残すことこそが、彼の表現でした。

彼の作品には、しばしば宗教画や神話画の形式が用いられます。けれど、そこに描かれているのは、善悪がはっきりと分かれた物語ではありません。聖人も、誘惑する存在も、どこか曖昧で、感情を断定しない。モローは「教える」ためではなく、「問いを残す」ために描いていたように見えます。

晩年、モローは自らの死後、この家と作品の大半を国家に寄贈することを決めました。評価や流行から距離を取り、自分の世界を自分の速度で積み上げてきた画家が、最後に選んだのが「自分の思考を、そのまま残す」という方法だったことは、とても象徴的です。

彼が後進に与えた影響も小さくありません。マティスやルオーといった20世紀美術を代表する画家たちは、モローの教え子でした。現実を写すことから離れ、内面を描くという姿勢は、確実に次の時代へと受け継がれていったのです。

住まいがそのまま美術館になるということ

ここの最大の特徴は、ここが「作品を展示するために後から作られた美術館」ではない、という点にあります。画家ギュスターヴ・モローが実際に暮らし、制作していた住居とアトリエを、自らの構想によってそのまま公開する形で残した場所です。展示空間というより、思考の動線が保存されている、と言ったほうが近いかもしれません。

建物は縦に長く、上下階をつなぐ大きならせん階段が印象的です。この階段を上り下りするだけで、自然と視線と気分が切り替わります。1階は比較的落ち着いた展示構成で、モローの素描や小品が、引き出し式のキャビネットに丁寧に収められています。鑑賞者は、自分で引き出しを開け、紙の上に残された思考の痕跡を一枚ずつ追っていくことになります。

上階に進むと、空間は一変します。天井の高い大きな部屋に、完成作や大作が壁いっぱいに並び、密度の高い視覚情報に包まれます。作品は年代順やテーマ別に厳密に整理されているというより、モロー自身の内部の配置に近い形で置かれているように感じられます。整理されすぎていないからこそ、こちらも構えずに、感覚のままに歩けるのです。

この美術館では、作品の解説が最小限に抑えられているのも印象的でした。「どう解釈すべきか」「何を象徴しているのか」を先に教えられることはほとんどありません。その代わり、絵と絵の距離、視線の高さ、部屋の奥行きといった空間そのものが、鑑賞体験を導いていきます。まるで、言葉ではなく配置によって語られているようです。

また、ここでは「完成された名作」だけでなく、描きかけの作品や、何度も描き直された痕跡を含む絵も多く展示されています。完成よりも過程を含めて見せるという姿勢は、この場所が単なる記念館ではなく、モローの思考を後世に手渡すための空間であることを物語っています。

白く整えられた美術館に慣れていると、最初は少し戸惑うかもしれません。でも、少し歩いて、少し立ち止まっているうちに、「理解しなくていい」「評価しなくていい」という感覚が、静かに戻ってきます。ここでは、美術史の文脈よりも先に、自分が何を感じるかが自然と前に出てくるのです。

なお、パリでは毎月第1日日は多くの美術館が無料開放されますが、ギュスターヴ・モロー美術館では少し注意が必要です。無料開放日は来館者が非常に多くなるため、住居部分(生活空間や一部の展示室)が閉鎖されることがあります。

■施設情報
Musée Gustave Moreau(ギュスターヴ・モロー美術館)
住所:14 rue de La Rochefoucauld, 75009 Paris
電話番号:+33 1 48 74 38 50
アクセス:メトロ12号線「Trinité – d’Estienne d’Orves」駅から徒歩約5分
営業時間:10:00〜18:00(月曜休館)
入館料:有料(※第1日曜日は無料)
URL:https://musee-moreau.fr/

現実を描かないという自由、誘惑をそのまま置いておくこと

展示室を歩いていて、まず圧倒されたのは、集められた作品のオーラでした。同じ宗教画や神話画でも、描く人が変わると、こんなにも違うのかと思わされます。正直に言えば、題材だけを見ると、宗教画はどこか無味乾燥で、少し退屈に感じてしまうこともあります。でも、モローの絵は違う。何かを「正しく伝える」ためではなく、心の奥に沈んでいるものを、時間をかけてすくい上げたような重さがあります。

見ているうちに、テーマや主題は、実はそれほど重要ではないのかもしれない、と思えてきました。同じモチーフでも、何を見て、どこに時間をかけ、どう表現するかで、まったく別のものになる。評価や文脈よりも、その人が何を信じて描いたかのほうが、ずっと強く伝わってくるのです。

作品のなかには、日本画を思わせるようなものもありました。金色の使い方、装飾性、余白の感覚。文化や時代は違っても、「いいな」と感じるポイントや、目を留める場所は、どこか共通しているのかもしれません。世界は広いけれど、人が抱くイメージの深いところでは、案外つながっている。そんな気がしました。

閻魔大王や地獄を思わせる絵もあります。善悪がはっきり分かれた勧善懲悪ではなく、どこか曖昧で、見る側に判断を委ねてくるような描き方。モチーフ自体は世界各地で似通っているのに、表現は決して一つに収束しない。その揺らぎが、むしろ心地よいのです。

「現実を書かない」という選択も、とても魅力的でした。外側の世界ではなく、内側の風景を書く。正解がない。うまいとか、下手とか、こうあるべきだとか、そういう基準から一度離れてしまっていい。昔風の絵を描く画家だと思っていたけれど、実はそうではない。中世の描き方を借りながら、やっていることはとても現代的なのだと、途中で気づきました。

とくに印象に残ったのが、《Tentation(誘惑)》という主題です。誘惑されることが悪い、弱い心がいけない、という道徳的な裁きは、ここにはありません。ただ、そこに「あるもの」として置かれている。人物は空を見上げて、少し困ったような顔をしているだけ。拒絶もしないし、受け入れもしない。
性的なものや欲望は、長いあいだ「悪いもの」とされてきましたが、本当にそうなのだろうか、と静かに問い返されているようでした。誘惑は、排除すべきものではなく、人間にとって自然に存在するもの。ただそれをどう感じ、どう抱えるか。その問いを、絵は決して言葉にせず、ただ黙って差し出してきます。

この美術館を出る頃には、「理解できた」という感覚よりも、「考えなくていい場所に触れた」という感覚が残りました。評価からも正解からも少し離れて、心の中の曖昧な部分を、そのまま置いておいていいと思える場所。ギュスターヴ・モロー美術館は、そんな静かな自由を、今も変わらず差し出してくれています。

トップへ戻る

TOP