ジブリがフランスで織物に、オービュッソン国際タピスリーセンターが制作する宮崎作品

公開日 : 2022年11月06日
最終更新 :

フランス中央部オービュッソンにある国際タピスリーセンターでは、宮崎作品をシリーズでタピスリー(タペストリー)に表現する「オービュッソン、宮崎駿の空想世界をタピスリーに織る」という試みが行われています。宮崎駿監督のアニメーション映画4作品より選んだ場面から、5点の大きなタピスリー作品として仕上げようというものです。

オービュッソンのタピスリーとは何か

オービュッソンは過去600年にわたってタピスリーが織られてきた繊維の町。17世紀にはルイ14世の国内産業育成政策により王立製作所が設けられ、タピスリーはオービュッソンの産業としてより育まれてきました。2009年には「オービュッソンのタピスリー」としてユネスコの世界無形遺産にも登録されています。

タピスリーの種類に、何枚かの図柄を組にして1つの主題を表した壁掛け(フランス語で「Tenture」)のタピスリーがあります。これは神話や聖書、大ヒット小説などを主にテーマにして物語を表したもので、ストーリー内の主要な挿話がタピスリーに表現されます。15世紀から19世紀の織物では、同じ組のタピスリーと分かるように同じ縁飾りがしてありました。

オービュッソン国際タピスリーセンターは、ユネスコの無形文化遺産登録を受けて2016年にオープンした施設。そして「オービュッソン、宮崎駿の空想世界をタピスリーに織る」は、国際タピスリーセンターとスタジオジブリが協定を結び実現したプロジェクトです。

館内に展示されている歴史的なタピスリー
館内に展示されている歴史的なタピスリー

「オービュッソン、宮崎駿の空想世界をタピスリーに織る」シリーズ第1弾は『もののけ姫』です。タピスリーのトンベ・ド・メティエ(織り上がったタピスリーを織機からはずす儀式)と完成作品のお披露目は、2022年3月25日にすでに行われており、多くのメディアで取り上げられました。YouTubeによるライブ中継も行われ、フランスや日本でも注目されました。これはオービュッソンのタピスリー史上最大のメディア露出を得たイベントとなったそうです。

オービュッソン国際タピスリーセンターの『もののけ姫』のタペストリー前に集まった関係者と伊原純一駐フランス大使(右から3人目)
オービュッソン国際タピスリーセンターの『もののけ姫』のタペストリー前に集まった関係者と伊原純一駐フランス大使(右から3人目)

今後は『千と千尋の神隠し』から1場面、『ハウルの動く城』から2場面の計3作品の完成披露が2023年前半に予定されており、国際タピスリーセンターのYouTubeでも中継されます。この後『風の谷のナウシカ』より1作品が織られ、このプロジェクトは2024〜2025年まで行われます。

タピスリーに表現される宮崎4作品と5場面

『もののけ姫』のタピスリーを制作している様子
『もののけ姫』のタピスリーを制作している様子

今回制作されている4作品5場面のタピスリー『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『風の谷のナウシカ』の詳細を順に見てきましょう。

『もののけ姫』より「腕についた呪いの傷を癒すアシタカ」

完成した「腕についた呪いの傷を癒すアシタカ」
完成した「腕についた呪いの傷を癒すアシタカ」

悪魔に取り付かれた巨大猪であるタタリ神が、若い戦士アシタカの腕を傷つけました。呪いを受けたアシタカは、相棒の大カモシカ、ヤックルの背に乗って、自身と故郷の国に降りかかった脅威に打ち勝つため、西へと向かいます。スギの森に身を隠したアシタカが冷たい水で腕を癒す場面です。

宮崎駿のこの作品は人と自然との関係について問いかけています。ここでは森という世界が重要な役割を果たしています。森はこの世の起源、生きものが均衡をとる地点、原初の安らぎの港。宮崎の物語の若い主人公は、人生の入門的な探求を体験します。そこでは、魔法や森のエスプリ、愛する人との出会いなどを通じてこの世のさまざまな真実を発見して行きます。そして相反する2つの価値観からの選択も迫られるのです。ここは意識高く使命感を持った大人への過渡期です。

オービュッソン国際タピスリーセンター

『千と千尋の神隠し』より「カオナシの宴会(カオナシに紹介される千尋)」

「カオナシの宴会(カオナシに紹介される千尋)」のデザイン
「カオナシの宴会(カオナシに紹介される千尋)」のデザイン

カオナシは豚に姿を変えられた両親をさがすヒロイン、千尋を手伝いますが、当初と異なり巨大な大食漢になっていきました。ついには宴会を荒らし、千尋を出せと要求するカオナシ。千尋が河の神にもらった薬草団子を食べさせると、カオナシはそれまでに飲み込んでいた人々をすべて吐き出します。

顔の欠如は人間性の欠如? カオナシは自分さがしをしている孤独な怪物。欲望と誘惑と憑依にとらわれ、実在したいという自分の望みと向き合っているけれど果たせずにいます。鬼の顔が描かれ、床に料理が散乱しているという背景は、この迷える存在の極端な異形の総仕上げのようです。千尋は無邪気で精一杯の抵抗によりカオナシに不満の表明をしますが、居場所も割り当ててやります。そこから友情が芽生えるかもしれません。

オービュッソン国際タピスリーセンター

『ハウルの動く城』より「夕暮れの動く城」

この作品のヒロインであるソフィーは18歳の女の子、それが荒地の魔女の魔法によって90歳の老婆に変えられてしまいます。彼女は住んでいた町を離れてカブの頭をもつカカシに出会い、動く城へ行く道を教えられます。そここそ若く魅力的で謎めいた魔法使いハウルの住む城でした。

宮崎駿の幻想の世界では、生物はまた無生物を活気付ける存在でもあります。カブ頭のカカシから動くハイブリッドの(ほとんど動物と言っていいような)城まで、不思議な精霊は語ります。いかにこの世界を生きるか、定住するのがいいのか、あるいは通過者として、すなわち生物と無生物の間を変容しながら生きる、ということもあり得るのではと。

オービュッソン国際タピスリーセンター

『ハウルの動く城』より「ハウルの恐れ(ハウルの枕辺の老ソフィー)」

鳥に姿を変えた魔法使いハウルは戦闘から疲れきって帰って来ました。おまけに城を掃除したときにソフィーが彼の持ち物を動かしたため、ハウルの金髪が黒髪に変わってしまいます。すっかりしょげ返るハウルの枕辺に寄り添うソフィー。ハウルはソフィーに打ち明けます。自分は怖い、王様が他国へ仕掛けた戦争で魔法使いとして果たすべき責任感が自分には欠けていると。そしてソフィーに、自分の母のふりをして王室付き魔法使いサリマンに会い、自分は戦いを拒否すると伝えてくれ るよう頼むのでした。

日常の空間の中で、使用人との関係は繰り返し表現されます。魔法使いハウルの寝室は護符のようなものや毛足の長い織物、子ども時代の宝物などで覆い尽くされ、その中でヒロインは若い男と向き合っています。男は自分が恐怖を乗り越えられないという感覚に凝り固まり、思春期を脱け出せずにいます。生と死、自ら選んだ自分のあり方、他者への心遣いなどの概念が、画面上の縦横に見られます。女性が持つ力と勇気が、宮崎作品の根幹を成しています。

オービュッソン国際タピスリーセンター

『風の谷のナウシカ』より「オームの犠牲(オームたちのいるパノラマ)」

人間は森に住む巨大な虫オーム(王蟲)を駆除しようとしました。しかし今は毒虫となったオームの軍隊は都市に攻撃を仕掛け、文明は壊滅します。森から遠く離れた場所でオームたちもしまいには餓死し、その死体は毒性の胞子に覆われて、大気は瘴気(死の毒ガス)で満たされました。

生き物はしばしばこの世の終わりのような状況で描写されます。これは度重なる戦闘と人間の無定見の結果です。この細長いパノラマに見られるのは荒廃し毒された風景です。宮崎駿は未来予言小説の形で人間の支配の終焉と「自然界からの復讐」を物語ります。ここでは環境に配慮したというよりも、調和のとれた多様性を求めるサイクルに回帰することが主題になっています。

オービュッソン国際タピスリーセンター

宮崎作品のタピスリーを見るには

オービュッソン国際タピスリーセンターの外観
オービュッソン国際タピスリーセンターの外観

「オービュッソン、宮崎駿の空想世界を織る」のタピスリー制作は、進行に合わせて国際タピスリーセンターの見学コース内に設けられた専用スペースに展示されています。2021年5月には新しい可変展示スペースも作られました。専用スペースでは薄暗がりの中、黒枠に縁取られたアート紙に描かれた将来のタピスリーのさまざまな下絵も、照明に照らされ展示されています。

館内「オービュッソン、宮崎駿の空想世界を織る」専用スペースの様子
館内「オービュッソン、宮崎駿の空想世界を織る」専用スペースの様子

2022年3月に織り上がった「呪いの傷を癒すアシタカ」は、明るい光の中での展示です。2023年2月には「カオナシの宴会」がここに加わります。将来的には国際タピスリーセンターの増築部分に専用スペースが設けられる予定です。

現在、国際タピスリーセンターの工房では『ハウルの動く城』のタピスリー2点の制作が進んでいます。これらの工房ではガイド付き見学コースがあり、機織りの作業を見たり織り手と交流することができます。

制作中の『ハウルの動く城』のタピスリー
制作中の『ハウルの動く城』のタピスリー

Youtubeで公開されている「オービュッソン、リュックと姫」は「呪いの傷を癒すアシタカ」の制作過程を、オービュッソンで修行中の若い織り手リュック(タピスリー織り手のひとり)の経験を通してたどっています。

「オービュッソン、リュックと姫」エピソード1のYouTubeは以下です。

「トンベ・ド・メティエ(織機からの降下)」とはタピスリー制作の最後の段階を表す言葉です。関係者がひとりずつタピスリーの端の糸を切り、タピスリーを織機から切り離す儀式となります。織る作業は裏面から行うため、このとき初めてタピスリーの全貌を表側から見ることになります。国際タピスリーセンターでは、今後も「オービュッソン、宮崎駿の空想世界を織る」シリーズのすべてのタピスリーについてYoutubeを通じて「トンベ・ド・メティエ」のセレモニーを中継します。

シリーズ最初のタピスリーの「トンベ・ド・メティエ」ライブ中継は以下です。

2022年11月1日には、愛知県にジブリパークもオープンしました。今後の日本文化として後世に残っていくだろう宮崎作品とフランスの伝統工芸品とのコラボレーションを現地で感じてみてください。

Cité internationale de la tapisserie - Aubusson(オービュッソン国際タピスリーセンター)

住所
Rue des Arts 23200 Aubusson

筆者

フランス特派員

守隨 亨延

パリ在住ジャーナリスト(フランス外務省発行記者証所持)。渡航経験は欧州を中心に約60カ国800都市です。

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