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【岡山・吉備津】桃太郎のモデル吉備津彦命の墓と伝わる「中山茶臼山古墳」

mami

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岡山特派員

更新日
2026年1月15日
公開日
2026年1月15日

吉備津神社まで来られたら、ちょっと足を延ばして中山茶臼山古墳へハイキングしてみませんか。
中山茶臼山古墳というのは、吉備津神社にお祀りされた吉備津彦命(きびつひこのみこと)の墓と伝えられている前方後円墳です。中山茶臼山古墳は、吉備の中山の山頂部にあり、史跡や遺跡も多く残っています。

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中山茶臼山古墳へは、長い廻廊の終わった場所から始まります。

  • 瀧祭神社
  • 遊歩道の道標
  • 遊歩道入り口

吉備津神社を出ると赤いお社の瀧祭神社を経由し、細谷川に沿って遊歩道を歩いて行きます。遊歩道の入り口には「吉備の中山 遊歩道」と、標識があるのでわかりやすいと思います。
ここから石段と鬱蒼とした雑木林が続きます。清々しくて気持ちのいい遊歩道が県道まで続きます。

  • 御陵上り口
  • 御陵への階段
  • 御陵の道標

県道を登っていくと古墳への道標が出てきます。「御陵」と書かれているのが中山茶臼山古墳のことです。吉備津彦命は第7代孝霊天皇の皇子になるので、地元では御陵とも呼ばれているようですが、適切な呼称ではありませんね。
県道を左に折れ、さらに170段程の石段を登りますが、運動不足の身としては、かなりきついものでした。登りきったところにも御陵の道標を見つけることができます。

道標の方角を見ると中山茶臼山古墳が見えました。

かなり立派な古墳で、全長108mの前方後円墳です。吉備津彦命(きびつひこのみこと)は第7代孝霊天皇の皇子のお墓と伝わっています。皇族の古墳である可能性が高いので宮内庁の管轄となり、これ以上立ち入ることはできません。
吉備津神社社伝では、吉備津彦命はこの中山の麓に茅葺宮を建てて住み、281歳で亡くなり、この山頂に葬られたと伝わっています。
吉備津という地名が示すように、古墳時代のこの辺りは海岸沿いで、吉備の中山の南には、吉備の穴海と呼ばれる海が広がる海運の要所でした。

  • 国境石
  • 御陵を取り巻く防護柵
  • 穴観音の入り口

古墳の前には備前国と備中国を分ける国境石があり、この山中を歩いて1時間ほどで備前の一宮にあたる吉備津彦神社に到着します。
古墳に沿って歩くと古墳側は進入禁止の防止柵が張り巡らされています。しかし、歩き進むと柵の扉があり、ここだけ古墳の一部に入ることができます。

扉の中には穴観音と呼ばれる自然石があります。
風化が進んでいますが、観音様の正面に立つと前方には古墳後円部の頂部が見えています。このことから穴観音は埋葬者を拝む時の磐座と考えられています。

中央の穴の空いた石の正面に観音像が掘ってあり、この穴に耳を傾けると観音さまの声が聞こえるとか…
聞こえなかったけど…。

今回は、吉備津神社から遊歩道を歩いて古墳まで行きましたが、近くの岡山県古代吉備文化財センターに車を停めて歩いて行くこともできます。

住  所 岡山市北区吉備津
問合せ先 086-270-5066(岡山市埋蔵文化財センター)
駐  車  場岡山県古代吉備文化財センター」の駐車場を利用
交通アクセス JR岡山駅から神道山行きバス、「神道山」下車、徒歩約10分
岡電バス「尾上南」で下車

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