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先日、サンフランシスコの Fine Arts Museums of San Francisco(FAMSF)の一つ、 de Young Museum (デ・ヤング美術館)を訪れました。1970年代から現代までの“マンガ”という文化を「芸術(Art)」として捉え直した展覧会、『Art of Manga 展』を鑑賞するためです。
日本にいてもなかなか見る機会のない原画やネーム(漫画のセリフやコマ割り、ストーリーを紙に書きだした下絵のこと)が600点以上展示されるとのこと。
そして、漫画をグラフィックによる話の読み聞かせ、視覚芸術として一つの価値ある表現であることを訴えた展覧会である、という触れ込みを聞き、「これは行ってみないと!」と重い腰を上げた次第です。
デ・ヤング美術館に足を踏み入れ、事前購入のチケットを受付で見せ、マンガ展のシールを受け取ります。そのシールを洋服に張り、地下の特別展会場に進むと、日本でお馴染みのガチャガチャがたくさん並び、天井からは出品者である漫画家家達の作品を使ったバナーが垂れ下がっているのが目に入ります。
展示会場に入るまでに無料のクロークコーナーがあるので、そこでジャケットと鞄(貴重品は持参)を預け、身軽になって、展示会場に歩を進めます。
展覧内容は、時代ごとに代表的な漫画家の作品を集めて展示し、ブロックごとに時代が進み、時代を通じて「マンガの歴史と変遷」を、部屋の仕切りを通じてテクニックや画風の変遷を体験する構成になっていました。
【導入部】
最初の大きな展示室には、赤塚不二夫やちばてつやの原画作品が壁に展示され「マンガ入門」として、漫画の“原点”や基本形式が紹介されています。漫画家の取材技術、デッサン、描きこみ、再現力等の様々な技量を見せつけられます。
昭和を反映した時代の雰囲気や技法の変化を感じ、非常に貴重な原画やネームを通じて、昔の漫画の偉大さを思い知らされるところから、展示が始まります。
そもそも最初の展示室で、『あしたのジョー』のあのジョーが燃え尽きたページの原画(『あしたのジョー』の最終回掲載は1973年5月13日号の週刊少年マガジン)が、50年以上の年月を過ぎているとは思えないほど白い紙の上に力強くかつ繊細に描きこまれた忘れられないシーンが、展示されています。昭和の漫画読者なら、言葉を失い、その後の展示に期待を膨らませるばかりです。
【作家別セクション】
赤塚不二夫やちばてつや両氏の後は、高橋留美子の原画が並びます。『らんま1/2』や人魚シリーズ、最近の作品まで、白黒原画やカラー原画が潤沢に展示されています。
続いて、荒木飛呂彦、田亀源五郎、谷口ジロー、 ヤマザキマリ、山下和美、尾田栄一郎、よしながふみの各種原画の数々がふんだんに展示室を彩ります。
それぞれの画風、構図、線の強弱、ページ構成などから「作家性」「時代の流れ」「表現の多様性」が強く伝わってきます。
当然のことですが、誰一人として同じ技法も表現もなく、各々の個性的な作画方法や登場人物の感情の伝え方、間の取り方、物語の進め方、に圧倒されるばかりです。
【制作過程に焦点を当てた展示 】
制作過程に焦点を当てた展示 — 原画だけでなく、ラフ、構成案、ネーム、下絵の“制作の過程”に関する資料も展示されており、マンガがいかに「設計」され、「編集」されているかが見て取れます。筆者は、“生まれる前の漫画”を見せる展示は、美術館ならではのもの、と受け取りました。
この展示構成は、娯楽としての漫画を、「マンガ = 芸術としての表現・文化」として広くその内面を観覧者に伝えようとするアプローチではなかったか、と筆者には感じられました。
筆者がこの展覧会を訪れて一番強く感じたのは、コンテンツ・ツールとしての漫画の立ち位置で、海外での日本のコンテンツの高評価でした。
ご存知の通り、昔の浮世絵は庶民の文化や風俗を映すもので、果ては、海外への磁気輸出用梱包材に使われていたほどです。それが西洋によって高く評価され、モネやゴッホなど多くの画家が浮世絵の技法やデザインを彼らの作品に取り入れました。
そうやって海外で評価が高まったことにより、日本国内でもその芸術性が高く評価されるようになりました。
HOKUSAIもMANGAも、今や、その言葉自体が英語になっています。
漫画は、絵の線や構図だけで、「笑い」「緊張」「感動」「キャラクターの個性」を伝えます。その豊かなメッセージ力が“マンガの本質”であり、言語がわからなくても伝達できる表現力には、江戸時代の黄表紙や浮世絵の遺伝子が今も生きているのでは?と思わされるほどです。
今回、展示された多くの作品は日本語のオリジナルであり、ネームや注釈も日本語で書かれたままです。それにもかかわらず、来場者各々が熱心に原画と向き合っていました。
日常的にスマホや電子デバイスで“平べったくのっぺりとしたマンガ”を読むことに慣れていた読者達は、“紙とペンで描かれ、紙のまま残されたマンガ”の原画の線の強弱の美しさ、色の濃淡とその鮮やかさ、それぞれの漫画家の芸術性の高さから、漫画のひとコマひとコマに作者の息遣いを感じていたのでは、と思います。
百聞は一見にしかず。
この展覧会が、世界でマンガを愛する人たちの共通言語として機能している“文化のつながり”を目の当たりにし、日本人として胸が熱くなりました。
ここまでの規模のマンガ展は日本でもなかなかお目にかかれないと思います。
ベイエリアにいらした際には、ぜひ、足を伸ばしてみてください。
サンノゼからデヤング美術館へは、カルトレイン(Caltrain)とサンフランシスコ市内の公共交通機関であるMuni(ミュニ)を乗り継いで向かうのが便利です。
【カルトレイン】片道:$13.75
サンノゼ・ディリドン駅 (San Jose Diridon Station) から終点であるサンフランシスコの4th & King駅 (4th and King Station) まで乗車します。
【N-Judah線】カルトレイン下車から1時間以内は無料で利用が可能。
路面電車のN-Judah線でゴールデンゲートパーク方面に向かい、そこからバス(例:44 O’Shaughnessy線)に乗り継ぐか、徒歩で美術館へ向かいます。
一番便利な駐車場は、美術館の地下にあるミュージックコンコース駐車場になります。
【ミュージックコンコース駐車場 (Music Concourse Garage)】
デヤング美術館とカリフォルニア科学アカデミーの間の広場(ミュージックコンコース)の地下にある駐車場です。
【ゴールデンゲートパーク内の無料駐車場】
ゴールデンゲートパーク内の路上駐車スペースを利用すると、無料で駐車ができます。しかし、朝の早い時間にほぼ埋まってしまう場合が多いです。
展覧会情報:Art of Manga (マンガの芸術) 〜2026年1月25日まで開催中
入場料金:一般$35(事前予約制)
駐車場:有料
荷物の預け入れサービス:有り。無料。
展示会の図録や限定グッズ:有り。