【岡山・倉敷市児島】旧野崎家住宅
2018.3.9
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こんにちは。岡山特派員のmamiです。2月は岡山県内の雛めぐりをご紹介していますが、2月21日から倉敷市内でも「第23回倉敷雛めぐり」が始まりました。開催場所は、倉敷地区、児島地区、玉島地区、水島地区、真備・船穂地区の5か所です。そのうちの一か所、真備・船穂地区で開催されている横溝正史の疎開宅のお雛様を紹介しますね。
ミステリー作家、横溝正史は1945年に妻と3人の子供を連れて親戚の手引きで、吉備郡岡田村字桜(現・倉敷市真備町岡田)に疎開してきました。疎開生活は1948年まで続き、約3年半にわたって家族と共にこの地で過ごしました。
外観は典型的な農家の古民家です。
縁側には多くの吊るし雛と横溝正史の小説の登場人物に扮して歩く「1000人の金田一耕助」というコスプレイベントの写真が貼りだしています。毎年秋に開催されているイベントで、清音駅をスタートして約5km歩き、真備ふるさと歴史館で解散となります。
「1000人の…」となっていますが実際の募集人数は150人だそうです。
普段は横溝正史の着物や机などが置かれている部屋も雛段と吊るし雛一色で飾り立てられ、素朴ながらも晴れやかな雰囲気です。奥の部屋の金田一耕助のシルエットが浮かんでいるのも見どころですよ。
享保雛だったかな?宮付きの豪華な雛飾りから現代のものまで展示されてあります。
圧巻だったのが部屋中に吊るされた「吊るし雛」たちです。
2018年の水害・西日本豪雨のとき、ここ真備町では深いところで5㍍を超える浸水があり多くの死者がでました。豪雨災害後、箱根から真備町にボランティアとして訪れた人たちが「水害のあった真備町を応援したい」と持ってきた手作り吊るし雛だそうです。
一体、一体が可愛らしく、お人形の中に祈りが込められている丁寧な作りです。
長いものでは3メートルもあります。無病息災を願う一体、2㌢にも満たない「さるぼぼ」や鶴など、縁起のいい飾りがたくさんつけられています。
横溝正史が疎開していた3年半の写真が鴨居の上に飾られています。当時、軍部の圧力で探偵小説を出版することが出来なかったので、横溝正史は岡田地区の人と交わり農村の因習,農漁民の生活などの話を聞き作品の構想をあたためていたそうです。
横溝正史の本の蔵書棚。文庫本ですがこんなにも作品を残されていたのですね。
終戦後、出版された「本陣殺人事件」「獄門島」「八つ墓村」などの名作は、疎開宅のここでで著述されたそうです。まさにここが金田一耕助の誕生した場所となっています。
この建物は、2002年に所有者が手放すことを知った近隣住民が働きかけ、当時の真備町が買い取り、住民らが管理組合を結成して保存するようになったそうです。
この日も地元の方々がお接待をしてくださり、お話を聞かせてもらったり、甘酒をふるまっていただいたり、とても良くしていただきました。こうした地域の温かい人たちとの交流があったからこそ、横溝正史は後年、この時期を「今にして思えば、そろそろ70年に近いわたしの人生においても、もっとも楽しい時期だったのではなかろうか。」と述懐しているのだと思います。
後に知ったことですが、この家のことを話す音声が横溝正史本人の肉声だったことにも驚きました。
横溝正史疎開宅から最寄りの清音駅(JR線・井原鉄道)にかけて「金田一耕助の小径」というウォーキングコースが整備されています。
コースの前半は、清音駅から岡田地区まで『本陣殺人事件』の舞台を巡る道程となり、後半は、岡田地区から終点の川辺宿駅までを巡る道程です。途中に金田一シリーズのうちの登場人物のキャラクター像が設置されているそうです。
楽しそうですね。暖かくなったら金田一シリーズをほとんど読破している夫と一緒に歩いててみたいと思っています、