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歴史と酒造りの街として栄えてきた伏見の町。
京阪電車の中書島駅を出ると、すぐに太閤秀吉が伏見城の
城下町として発展させた伏見の街が広がります。
桜景色の豪川(ほりがわ)。
豪川は伏見城築城のために宇治川から引かれた水路です。
満開の桜の咲くこの時期、酒蔵と桜の景色は
京都市内で見る桜風景とは、また違った趣きがあります。
伏見は豊臣秀吉が建てた「伏見城」の城下町として
大名が屋敷を構えて発展した町でもありました。
江戸時代には参勤交代の西国大名が淀川から伏見に入り
大名屋敷で支度を整え伏見街道から江戸へ向かったそうです。
桜満開の濠川。
川には、十石舟、三十石船が行き交い、濠川周辺には、
坂本龍馬が襲撃された寺田屋のほか、歴史ある町並みが広がっています。
江戸時代の伏見は、大阪と京都を結ぶ淀川の舟運の港町として栄えた町で、
寺田屋のような船宿は何件も軒を連ねていました。
元の濠川は、伏見城の外堀でしたが
龍馬の生きた時代には、ほぼこの様な水路だったそうです。
寺田屋事件の時、濠川を使って島津屋敷まで龍馬は逃れたとも言わています。
寺田屋前の川沿いには龍馬・お龍の銅像があります。
そして、伏見と言いますと日本酒ですね。
古くから酒造の街として栄えてきた伏見は、豪川沿いに月桂冠や黄桜をはじめとする
伏見の名水で造られた酒造が並んでいます。
十石船が桜景色の中を進んで行きます。
江戸時代、十石舟、三十石船は、旅客や米や酒などの貨物を輸送する
海上交通手段として重要な役割を果たしていました。
現在は観光遊覧船として運航しています。
降り続いた週末の雨で、桜が散らないか心配でしたが、
伏見濠川の桜は満開です。
《伏見、濠川水路》
〇アクセス 京阪本線「中書島駅」徒歩5分
「伏見桃山」駅徒歩10分