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(c) Jean Couturier
11月19日から25日までパリ市内ラ・ヴィレットにある「グラン・ダール」を会場に、宮城聰さんが演出するSPAC(静岡県舞台芸術センター)による祝祭音楽劇『マハーバーラタ 〜ナラ王の冒険〜』が行われました。今フランスで行われている日仏友好160年イベント「ジャポニスム 2018:響きあう魂」の公式企画としての上演です。
『マハーバーラタ』とはインドの叙事詩で、口伝されていた物語をサンスクリット語でまとめ、4世紀末頃に成立したもの。「ナラ王」とはその中にある一編「ナラ王物語」のこと。インドでは定番の物語です。それをベースに、装いと言葉遣いを日本風に置き換え、宮城さんのテイストを加えてがまとめたのが今回の演目です。
ダマヤンティーという美しい妃をめとった賢君ナラ王でしたが、ある時、悪魔にそそのかされ弟との賭けごとにはまってしまいます。負け続けたナラ王は最後は自らの国まで賭けましたが、それも負けてしまって国は弟に乗っ取られ、着の身着のままで妻ダマヤンティーと国外追放に……という話です。
時代背景と成立、内容はまったく異なりますが、今回の演出をざっくり言うと、日本でいう「忠臣蔵」のような定番の物語を西洋の騎士風にして再構成した感じ、と想像すれば分かりやすいかも。その『マハーバーラタ 〜ナラ王の冒険〜』の24日の公演を見てきました。
(c) Jean Couturier
私が参加した日の公演は満席。客層もフランス人が多く、大人から子どもまで幅広い感じです。現地の日本好きフランス人や現地在住の日本人だけではなく、多くのフランス人が関心を持っている様子が見て取れます。「演劇好き」といった感じの人たちも散見でき、「ただ日本のものだから褒める」わけではなく、きちんと公演のジャッジをしてくれそうな観客です。
『マハーバーラタ 〜ナラ王の冒険〜』は、まず舞台の組み方が独特です。通常の前方にある舞台に加え、客席を取り囲み360度円を描いて花道のように舞台が広がっています。そこを役者が場面に合わせて縦横に駆け巡ります。
(c) Junpei kiz
基本的に役者は舞台上では多くは語らず、舞台の袖にいる語りを担当する人を置いた、アジアに見られる古典劇の手法を取っています。神々の役を演じる人は、仮面を付けて役者の個性を消すといった、能などに見られる手法を演出家の宮城さんは用いていました。衣装は平安自体の束帯のような形。色はすべて白です。質感は舞台上で見ると、まるで折り紙のよう。喋り方も歌舞伎や浄瑠璃風です。
なぜインドの叙事詩を演じる際にこのような舞台設定にしたのかと言うと、宮城さんによれば「もしマハーバーラタがもっと早く日本へ伝来していたら、日本の中でどのように演じられてきただろうか」ということから着想したそうです。
(c) Jean Couturier
演奏は専門の音楽家が行うのではなく劇団の役者自身が担当します。
(c) Junpei kiz
何千年と人々に楽しまれてきた物語ですので、ベースはしっかりしています。そこに宮城さんの演出がスパイスとなり、定番の演目を今までにない味付けとして見せてくれていました。
公演前に静岡県の担当者の方にうかがった話では、「インドなのになぜ平安時代のような装いなのかと戸惑う人も日本ではいる」とのことでした。しかし、いざ劇が始まってみるとまったく違和感がありません。叙事詩の出どころがインドだとしても同じ古典同士、やはり古典風の衣装、喋り方の親和性が高く、しっくりきます。
(c) Jean Couturier
劇の始まりなど、光と影の使い方もとても印象的でしたし、役者のアドリブも随所に入りました。日本人だからこそ分かるアドリブはフランス人の観客には分かりづらいかなとは思ったものの、それ以外のアドリブは概ね好評で、観客は楽しんでいました。終幕の仕方も面白く、「なるほど」とうなずいていた人たちもいました。ネタバレになるため、内容は多くは書きませんが、日本とインド、古典と現代がうまくフュージョンされ、とても素敵な作品に仕上がっていました。
(c) Jean Couturier
幕が閉じ出演者が舞台にそろった際には、中央の席を中心にスタンディングオベーションに。私自身、フランスで舞台や映画祭などを取材する機会がしばしばあるのですが、よくあるのが前方の席につられてウェーブのように後ろの席の人が立っていく場合(舞台がよく見えないから……)。今回は、そういう形ではなく、自然発生的に観客が立ち上がったのも良かったです。それだけ同作品が観客の心に響いたのだろうと思います。
とにかく特筆すべきは、SPACのような世界で勝負できるレベルの高い文化集団を整え、専用の劇場、専属の役者を維持し、それに理解を示して運営しているのが、地方自治体であるということです。このような「文化」が地元にあり、身近に見ることができる静岡県の人々は幸せだと思いますし、こういう取り組みは地域の次の世代への文化の裾野をさらに広がっていきます。演目も堪能できましたが、静岡県の舞台芸術に対する向き合い方にもとても感銘を受けた観劇でした。