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119本の作品で日本映画の100年間を巡ろうというイベント「日本映画の100年」。日仏友好160年「ジャポニスム2018:響き合う魂」の公式企画の一つです。今までいくつかの上映(『雄呂血』『おおかみこどもの雨と雪』『シン・ゴジラ』『EUREKA(ユリイカ)』)と「日本映画の100年」発表会を取材してきましたが、2月17日はパリのシネマテーク・フランセーズで行われた『花筐/HANAGATAMI』へ足を運びました。今年で81歳を迎えた大御所・大林宣彦監督の作品で、2017年に公開された映画です。
同作は檀一雄の小説を原作。日本が戦争へ突き進んでいく時期の佐賀県唐津を舞台にして、若者たちの葛藤と青春群像を描いています。大林監督が商業映画デビューした1977年の『HOUSE/ハウス』より前に描いた脚本を映画化したものとのこと。2月17日の上映では、大林監督も客席に座り、観客と一緒に作品を鑑賞しました。
上映後のトークは、大林監督と『花筐/HANAGATAMI』で主演女優を務めた常盤貴子さん、東京国際映画祭プログラミングアドバイザーの安藤紘平さんが登壇。大林監督は「映画を愛し誇りを持っている皆さんに迎えられて、今一緒に見ていただいたことは、私は81歳になりますけれど、私の映画人生でもっともうれしい一日であります」と挨拶。常盤さんは「フランス語を勉強中なのでフランス語で挨拶してもいいですか? でもまだ勉強中なので温かい目で見守ってください」と切り出し、フランス語で自己紹介をしました。
アフタートークの中心は、映画を撮るということはどういうことか、そして小津安二郎(1903-1963年)から黒澤明(1910-1998)、大林宣彦(1938-)へとつながる平和への思いを中心に語られました。大林監督は「戦争は嫌だ、みんな仲良くしようという思いをすべての映画で作ってきた」「なぜ映画をこしらえるかというと、まず戦争体験。それを未来の人にしっかりと伝えなきゃいけない」と自らの中に一貫するテーマを語りました。
大林監督によれば、自身の最盛期であった時期が戦争と重なり、その才能を存分に表現に発揮できなかった小津安二郎。一方で小津の弟子であった黒澤明監督は、戦後の表現が自由になった社会で才能を存分に使うことができたそうです。「小津の時代には表現の自由は一切なかった。しかし自分の時代は表現が自由な時代だ。その自分がどのような形で小津の断念、そして映画を作ろうという覚悟を引き継いでいくかということが、黒沢の頭にあった」と大林監督は言います。
黒沢監督は亡くなる前に、大林監督にこう伝えたそうです。
「戦争はすぐに始められるけれど、平和は100年かかるか、400年かかるか、長い時間がかかるよ。もし僕が400歳まで生きたたら、僕の映画で世界に戦争なんかない世界を作り上げてみせる。でも僕はもう死ぬからな。もう間に合わないから大林くんが僕の続きをやってくれ。そして、さらに君の弟や息子や孫たちが僕の続きをやってくれ。いつか僕の400歳の誕生日が来たときには、戦争が平和に変わっているかもしれない。映画とは歴史を変えることはできないが、歴史の未来を変えることはできる」
一瞬涙ぐみそうになるのをぐっとこらえて語り続けた大林監督の姿が、とても印象的なトークになりました。