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岡山平野の産土神を祀る「沖田神社」

mami

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岡山特派員

更新日
2020年1月12日
公開日
2020年1月12日
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明けましておめでとうございます。

と、ご挨拶をしても今日はすでに鏡開きですね。

今年も岡山特派員として、ご当地ネタを披露していきたいと思います。よろしくお願いします。

さて、先月は備前市閑谷の閑谷学校を中心にレポしていましたが、この閑谷学校を造った岡山藩の津田永忠は、新田開発や百間川の開削、後楽園の造営を行い、最も傑出した藩政家だったと評されています。

岡山藩は新田開発にも力を入れ、岡山平野の約2000㌶は永忠が手掛けた干拓事業によりでき上がりました。

藩命により、沖新田全土の産土神(うぶすながみ)として沖田神社が祀られています。

干拓の功労者、津田永忠氏の像です。

土木建築の天才として知られ、倉田新田、幸島新田、沖新田の干拓を次々と手掛けていきました。

沖田姫神社の裏には、小さな祠があります。

開墾の際、最後の潮止め工事が難工事となり、津田永忠の屋敷で奉公していた「おきた」という女性が人柱として志願し、祀られています。

輝かしい干拓事業の影に、何とも切ない実話が残されています。

この沖田神社の中には、もうひとつ鳥居があり「道通宮」とあります。

このお社は沖田神社よりもさらに100年以上も古く、戦国時代、羽柴秀吉が高松城を水攻めにした際、部下の命と引き換えに切腹をした武将、清水宗治にゆかりのある社殿です。

由来も時代も違う、ふたつの神社が同じ敷地の中にあるわけです。

「道通宮」には宗治の次男を助けた白蛇が祀られています。

「道通宮」のお参りの方法はとてもユニーク(?)でした。

本殿と拝殿とをつなぐ渡り廊下の下をくぐるように参拝路があり、一巡できます。

願い事のある人は、自分の年齢の数、あるいはその半分を巡拝し、本殿に向かって、願をかけます。

参拝路には、白蛇の好物「御供たまご」をお供えします。

住所 〒702-8001 岡山県岡山市中区沖元411

電話番号 086-277-0196(沖田神社・道通宮)

公式サイト http://www.okita-shine.com/

交通アクセス(車) 岡山ブルーライン君津ICから約8分

交通アクセス(公共) JR岡山駅から西大寺行(沖元・津田経由)バス、「沖元」下車、徒歩約3分

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