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梅が咲き始めた北野天満宮に行ってきました。
楼門をくぐると、花手水(はなちょうず)が迎えてくれました。
手水を済ませて境内へと散策します。
《北野天満宮といえば「梅」》
北野天満宮の境内には、菅原道真公ゆかりの梅が50種類・約1500本植えられていて、早咲き梅は12月中旬から蕾がふくらみ始め、正月明けから開花が始まり、2月の今から3月に向けて次々と咲いてきます。
《北野天満宮といえば「牛」》
そして北野天満宮と言えば「牛」さん。
参道から境内のあちこちに鎮座しています。
北野天満宮において、牛は神の使いであるとされます。
その訳は、
①道真公が丑年生まれで、亡くなったのも丑の月の丑の日
②道真公が農耕の神とされる事からシンボルを牛に選んだ
③道真公が牛を飼い大切に育てていた
④命を狙われた際に何処からともなく牛が飛び出して命を救った
などなど諸説があります。
そして牛を撫でるとご利益を授かれるというのが撫牛信仰と呼ばれるもの。
撫でることで得られるご利益はふたつあります。
〇諸病平癒
自分の体の悪い所を撫でたあと、牛さんの同じ場所を撫でると病気や怪我を治してくれる
〇学業成就
牛さんの頭を撫でた後、自分の頭を撫でると頭がよくなる
現在、牛さんは全てコロナ対策で抗菌処理がされていて、安心して「撫で撫で」ができるようになっています。
北野天満宮の参道から境内にはたくさんの牛さんがいます。
なかでも楼門入ってすぐに見えるのが「赤目の牛」さん。
ほかの「撫で牛」さんとは違い、目は真っ赤です。
この目が赤い訳は、道真公のお供であった牛が「瞬きもせず真っ直ぐに道真公を待つあまり目が真っ赤になった」「参拝客の願いを夜も寝ず聞いてくれるから赤くなった」などの説もあるそうです。
《そして、北野天満宮と言えば菅原道真公》
承和12(845)年に学者の家に生まれた道真公は、わずか5歳で和歌を詠み、11才で漢詩を創作するなど、神童として注目を集めました。
やがて成人し、33歳で学者のトップであたる文章博士に就任。
その後も改革を目指す優れた政治家として卓越した手腕を発揮し、宇多天皇の右腕として活躍されます。
醍醐天皇の寛平6(894)年には、遣唐使の廃止を提言されています。
有名な語呂合わせでは「894年(白紙)に戻そう遣唐使」。
このほかにも封建的な制度をあらため、民衆のための土地制度と税制改革を進めておられます。
しかし守旧派勢力から、あらぬ罪をきせられ大宰府へと左遷されてしまいます。
そのときに詠まれた和歌が……
「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主人なしとて 春を忘るな」でした。
政治の力をそがれ、愛した家族や育てて来た梅の木や牛とも別れての大宰府行きは、本当に辛いものだったでしょうね。
新幹線や飛行機がある現代と違い、その時代の大宰府行きはさぞかし遠く感じたと思います。
《飛び梅伝説》
道真公の大宰府行きを知り、「梅」は一夜にして太宰府まで飛んで行ったという「飛び梅伝説」は、いまも語り継がれています。
後年、道真公は太宰府で亡くなられています。
その後、都が繁栄し平安文化が花開したのは、道真公の改革の成果だったと言われています。
《東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主人なしとて 春を忘るな》
2021年。2月11日。
昨年からのコロナ禍で、厳しいときが続いていますが蕾は膨らみ、花が次々と咲き始めてきました。
北風が東風に変わるときは、もうすぐです。
【北野天満宮】
・アクセス:
京都駅から京都市営バス50、101号系統「北野天満宮前」下車/
四条河原町から京都市営バス51号系統「北野天満宮前」下車/
京阪三条から京都市営バス10号系統「北野天満宮前」下車
・駐車場: 無料 9:00~17:00(毎月25日は縁日のため駐車できません)
・拝観料: 境内自由
・宝物殿: 一般 300円、中高生 250円、小人 150円