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桂離宮へと行って来ました。桂離宮への拝観申し込みは、事前申込制で無料でしたが、
2018年11月より有料となっています。(18歳以上の参観料1000円・中高生や障害者などは無料)
申し込み方法は、宮内庁HP・https://sankan.kunaicho.go.jp/multilingual/information.html#sankan4
から出来ます。
桂離宮は八条宮 智仁親王(ともひと)により宮家の別として創建されました。
江戸初期(1615年頃)に造営開始され、1622年に現在の姿となったそうです。
明治16年に宮内庁所管となり桂離宮と称されています。
離宮見学は指定された時間に、15人程の方達と共にガイドさんを先頭にして巡って行きます。
最初に離宮内に入ると、生垣の奥に視界を遮るかのような松があります。
「衝立の松(ついたてのまつ)」とも呼ばれ、離宮内が見えそうで見えない演出でもあります。
御幸門から続く敷石の道は、一つ一つ石を選び粘土で固定された敷石の道です。
「霰こぼし(あられこぼし)」という手法の敷石で、歩くのに負担が無いように
平らな面が路面になるように敷き詰められています。
敷石は、同サイズの石を50cm四方に並べるのだけでも、職人1人が1日がかりとの事。
そこから先は、大きな敷石の上を歩きながら庭園を巡って行きます。
日本を代表する庭園と言われる「桂離宮」。
美しい景色と共に灯篭や敷石や垣根にも目が行きます。
12月8日に寄せて頂いたのですが、
離宮内では、あちこちに名残の紅葉が見れました。
こちらは、ソテツ。
これからの冬対策として雪囲いのコモが巻かれていました。
順路は洲浜が見える所へと来ました。
手前には小石が敷き詰められています。
向こうに長い石橋が見えますが、宮津の天橋立に見立てた造りになっているそうです。
州浜を眺めながら松琴亭に着きました。
松琴亭は、桂離宮の中で最も格の高い茅葺入母屋造りの茶室。
松琴亭の襖は、加賀奉書の白紙と藍染紙による市松模様です。
とても斬新で17世紀に採用されたと思えないほどの高いデザイン性を感じます。
松琴亭から、杉木立の中を歩き賞花亭へと向かいます。
桂離宮の庭園は、大小五つの中島に、土橋、板橋、石橋を渡し、
書院や茶室を巡る高低差のある回遊式庭園です。
桂離宮が建つ桂川辺りは、古くから貴族の別荘地として知られ、平安時代には
藤原道長の別荘である桂殿が営まれていたと伝わります。
この辺りは観月の名所とも言われ、万葉集や古今和歌集にも詠まれて来ました。
桂の地名は中国語の「月桂」の故事から来ているとも例えられ、近くには月読神社もあり、
古来より月を信仰する土地柄でもあったそうです。
桂は市内でも西の方にあたり、東から上った月を長く眺められる所でもあります。
その事からか桂離宮には、「月見台」「月見橋」「月波楼」「歩月」「浮月」
「月の字の引手」「月の字崩しの欄間」「歌月の額」など 月に関する名称や意匠も数多く見られます。
きっと江戸初期(1615年頃)に桂離宮を造営するにあたり、「桂」・「月」は造営の
キーワードだったのかも知れませんね。
桂離宮の中には、松琴亭・賞花亭・笑意軒・月波楼など、幾つかの茶室がありますが
それらは季節毎に使い分けられていたそうです。
賞花亭と書かれた書体は、今に通じるレタリングの様に斬新です。
高低差のある庭園を進むと、池が全く姿を消したり、目の前に広々と姿を表したり、
知らぬ間に高い所を歩いていたりと、その変化に驚かされます。
賞花亭前に広がる景色。
順路を進むと、園林堂から奥に笑意軒が見えました。
笑意軒は田舎家風の茶室です。
前面の池には船着き場も備えています。
内部は襖で仕切られていて、
入口上部には6個の丸窓が並んでいます。
笑意軒前から見える太鼓形をした土橋。
散策順路は桂離宮最高の建物。書院です。
書院は新御殿・楽器の間・中書院・古書院となっています。
書院の美しい建物は、雁が群れ飛ぶ姿に似ていることから、「雁行形」と呼ばれるそうです。
書院の建物は高床式で、下部にある格子は付近を流れる桂川が、増水で浸水した時の為の、
水抜きと言われています。
現在、書院は20年に一度と言われる屋根の葺き替え工事中でもあります。
工事期間は令和5年11月までとなっています。
この後、月波楼を経て約60分の桂離宮巡りは終わるのですが、同じような風景には出会わず、
何処をみても洗練された美しさに出会えました。
桂離宮は、日本庭園の最高傑作と言われますが、その由縁は、離宮の中に海(州浜)・山・谷・野など
様々な風景が表現されていたり、書院や茶室の素晴らしさと共に、敷石の道や灯篭、垣根など
細部に至るまで心配りがされている所かと思いました。