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こんにちは。岡山特派員のmamiです。 今回、赤磐市の旧吉井町エリアをご紹介しようと現地を巡っているときに知った、歴史ある神社をご紹介します。「備前國赤坂郡 宗形(むなかた)神社」という由緒ある式内社で、祭神は、宗像三女神を祀る神社でした。
鳥居をくぐると鬱蒼とした森の中に参道が続きます。
この鳥居は、笠木の両端が持ち上がったデザインで明神鳥居といいます。県内で3番目に古い鳥居という事で岡山県の重要文化財に指定されています。
御祭神の宗像三女神というのは、多紀理毘賣命(たごりひめのみこと)、 市寸嶋比賣命(いちきしまひめのみこと)、 田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)で、九州の宗像大社の分霊として祀られています。
石段中ほどの神門をくぐると、奥にある拝殿が見えてきました。
拝殿です。
927年にまとめられた延喜式神名帳に記載のある備前国の古社の一つです。社伝によると、第10代・崇神天皇の御代(4世紀ごろ)に筑前国(現・福岡県)の宗像神社を勧請された神社と云われています。
また、古事記に記載されている第16代・仁徳天皇が、寵愛していた黒日売のあとを辿って吉備田に行幸されたとき、黒日売は天皇をこの神社に泰迎し、饗応します。帝は喜び「やまかたに、まけるあをなもきひひとゝ、ともにしつめはたぬしくもあるか」と詠み、それ以降、里人から"山方の大宮"と称されるようになったという伝承もあります。
ただ、総社市福山、総社市上林、勝北の山方、倉敷市黒埼など、県内数カ所が残された和歌の地名などをもとに『黒日売伝承の地』と手をあげています。
本殿は三間社流造(さんげんしゃながれづくり)で、1562年に浦上宗景によってに再建されています。屋根は金属で葺いていますが、元々は檜皮葺だったそうです。
軒下の組物の意匠に再建された中世末期の建築様式がよく残っていて、本殿は赤磐市の指定文化財になっています。
境内社の稲荷神社です。
この神社から西へ中国自然歩道をたどると、以前ご紹介した 血洗いの滝 があります。素盞嗚尊がヤマタノオロチを退治した後、剣についた血を洗った滝と伝わっていますが、滝の近くに崩れかけた瀧神社がありました。この神社には「瀧神社遥拝所」と書かれた石碑があったので気になり、帰ってから調べてみたのですが、残念ながらそれにまつわる資料がありませんでした。