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旅にハプニングはつきものですが、外国という環境、母語が通じない場所での不測の事態ほど不安なものはありません。2024年2月26日に、ル・アーヴルからパリへ戻る途中に私が遭遇した、列車乗車中の8時間以上にわたる大幅遅延についての紹介と、そこから見えてくる対応策について紹介します。
当日に起きた状況を説明します。ル・アーヴル駅を12:03に定刻出発したフランス国鉄(SNCF)のパリ・サン・ラザール駅行き3116便は、通常であれば同日14:23に目的地のパリに到着予定でした。
同便の乗客は現地メディアの報道によると約200人。車両はクロスシート(2等の場合は2席ずつに分けられている、進行方向またはその逆方向に向いている座席配置)で、混雑具合は単独移動の旅客の場合、2席のうち片側は空き、全体的な各席の埋まり具合もまばらでした。
列車はル・アーヴルから15〜20分ほど走った先で、ガクンという軽めの、しかし通常ではないような音で緊急性を感じさせる停車をしました。しばらくして、車掌からフランス語で「線路架線への障害物で電気が止まりました」とアナウンス。これを聞いて、同じ車両の乗客は皆、大幅な遅延を覚悟した雰囲気になりました。非常用電源に切り替わり、客車は室内灯とアナウンス以外の電気が使えなくなり、空調も止まりました。
あとから現地報道により知った正確な位置は、サン・ローラン・ガヌヴィル駅を越えたすぐ先、エテヌ・サン・ロマン駅の手間だったようです。
同日のル・アーヴル付近は強風が吹き荒れる天気でした。ノルマンディー地方を管轄するSNCFのSNS投稿をあとから確認して分かったのですが、線路際の大きな木が根元から折れて、架線に寄りかかっていました。
フランスは都市部から少し郊外に出ると、一面畑が広がる何もない平地であることが多いです。そのため携帯電話の電波が入りづらいのですが(列車内のWi-Fiも結局のところ圏外だと機能しません)、手元のスマホを確認するとまだ5Gの圏内。GPSによると停車位置もル・アーヴルの近郊で、人家も周囲にある場所でした。
線路が走る斜面の下方、林の向こうには道路や人家も見えますし、車両から出てしまえば車などを呼んで、ひとまずル・アーヴルまで戻ることも可能に思えました。ル・アーヴル駅からまだ近いため、比較的早めの復旧または何らかの乗客へのサポートが行われると、当時の私は予想しました。
時折、車掌による状況報告のアナウンスはありますが、1時間、2時間と経過しても状況は好転しません。当時の外気温は一桁半ば。空調が切れていても車内の温度が下がらなかったのはよかったですが、困難なのはトイレでした。車掌のアナウンスによると、電気が使えないとセキュリティ上、トイレのドアが開閉しないそうで、またトイレも流れず、使用ができなくなるそうです。
「消防隊が救助に向かっている」「障害物を取り除き、線路の安全が確認次第、ディーゼルの牽引車により車両を引っ張る」というようなアナウンスもあったものの、状況は変わりませんでした。復旧後に行われるであろう対応も、「次の駅から代替バスに乗車してル・アーヴルに戻る」「再び列車に乗って進む」など目的地別の可能性が伝えられましたが、状況が確定しないため二転三転しました。
乗車から3、4時間ほど経過した15:00〜16:00の時点で「復旧見込みは19:00または19:30あたり」とのアナウンスが。その後も車両前方では「外に出して」と泣き叫ぶ女性が出たり、後方車両では気分が悪くなった人もいて「お医者さまはおられませんか」といったアナウンスも流れました。作業員が到着して作業に取り掛かかったあとも、水や食事の配布はありませんでした。
17:00頃には障害物は取り除けたのですが、架線の安全を確認するため最終的に列車が動き出したのは19:30過ぎ。「次の駅で列車を降りてトイレに行ってください。その後は同駅からバスが出ます」とのアナウンスがされました。しかし、列車は少し動いた先で再び停車。結果的に停車は30分ほどでしたが、列車が動いて安堵した状況から、さらに期限が決まらない停車があると、期待を裏切られて心身ともに疲れが増しました。
列車がエテヌ・サン・ロマン駅に到着すると、バスが目的地別に3台ありました。ル・アーヴル行き、パリ行き、ルーアン行きだったと記憶しています。係員の人がそれぞれの乗客に「どちらの方面に向かいますか?」と聞いていましたが、あふれ出る乗客すべてには対応はできず、それぞれが周囲の人に尋ねてその判断で乗っていました。私もそうでした。
同駅からパリまでは高速道路を使って約2時間強。パリ・サン・ラザール駅前でバスを降車したのは23:00を過ぎていて、ル・アーヴルで列車に乗ってから11時間後でした。
日本とフランスでは社会の仕組みが異なるため、ずっと日本で暮らしてきた場合、その違いに驚くことが多いです。そのため、あらかじめあらゆる可能性に対して予想をしておくと、万一の助けになります。今回、旅行者にとって大変だっただろうと推測するのは以下でした。
日本の鉄道もそうだと思いますが、イレギュラーのアナウンスは現地語で行われます。そのためフランス語が分からないと状況の把握がまったくできません。
その際は周囲の乗客に聞いてみましょう。フランス人というと、ステレオタイプのイメージだととっつきにくい印象があるかもしれませんが、おしゃべり好きで親身になってくれる人が多いです。
トイレについては、これは鉄道以外にも当てはまりますが、町中のどこにでもあるわけではないため、長距離移動や長い間外に出る前には、必ず済ませておくよう習慣づけましょう。
ただし子供や妊婦など、トイレが近くて、どうしても行きたくなった場合は、車掌や周囲の人に相談してみましょう。フランス人は困った人や弱者に対して優しく柔軟性もあるため、それが規定に反することでも、何かしらの解決策を一緒に考えてくれます。
水や食料、充電については、余分かなと思えても念のため少し買って備えておいたり、携帯できる予備電源を準備しておくと、いざという時に助かります。日本では日常的でない不具合が海外では起きます。
遅延に対する鉄道会社からの補償手続きは、基本は現地語です。この辺りも旅行者にとって難しい点になるでしょう。
最後に、自分の意思・主張はカタコトでもいいので、現場および事後のいずれもしっかりと伝えましょう。何も言わない相手の要求に対して、察して手を伸ばしてくれることはあまりないですし、伝えないと後回しにされたり、対応してもらえません。「パリまで戻りたい」「パリで予定していた交通手段に乗り継ぎできないのでホテル代がかかる」など主張することが、自らの権利を守るために大切になってきます。