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今年第77回となるカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に奥山大史監督の『ぼくのお日さま』が選出されました。同作は、吃音を持つホッケー少年・タクヤ(越山敬達)と、フィギュアスケートを練習する少女・さくら(中西希亜良)、さくらのコーチを務める荒川(池松壮亮)の3人が紡ぐストーリー。北海道で撮影された懐かしい景色が印象的な作品です。その奥山監督に、フランスについて、そして監督自身の「旅」について、5月19日に行われた公式上映の翌日にうかがいました
ーー昨日の公式上映はとても大きな拍手に包まれました。
昨日の終わった段階では、ただただ(無事終わって)ホッとしていてたのですが、1日経ってとても嬉しさが込み上げています。前日の上映チェックの時点では「ああ、いよいよ始まるのか」と一気にドキドキして「ここで上映されるんだ」って、あらためてそわそわしてたんですけど。
上映中も「ちょっとこれ大丈夫かな、ちゃんと届いてるかな」という、そわそわがあったんですけど、(8分間の)スタンディングオベーションになって、本当に気持ちが伝わってきたんですよね。みんな形式で立っているのではなくて、表情を見れば分かるので、それが素直に嬉しかったです。そして1日空けて「ああ良かった。本当に嬉しいことだな」って。
ーー実感が少しずつ?
沸き始めていますね。
ーーカンヌはプライベートでも初?
初めてです。フランスは縁あってここ数年結構来ているんですよ。5回目ですかね。ほとんどパリです。あとリヨンとか(国土の)真ん中の方。南仏に来たことはなくて、とてもいいですね。ただ、やはりパリはフランスの良さがぎゅっとなっている感じで、すごく好きなんです。
ーー特にどんなところが?
文化がぎゅっと詰まっているところです。西洋美術のありとあらゆるものがある。建物も建築も絵画も音楽もオペラもある。それでいて、ポンピドゥー・センターへ行くと現代美術や写真もある。 取り上げられる写真家とか、映像作家とかって本当好きな人たちばかりで。 全然フランス語は喋れないですけど、パリは何度もたずねたくなる町です。
ーーパリを訪れた時に行く、お決まりの場所はあるんですか?
パリに初めて行く時に、是枝さんに美味しいお店を教えてくださいと言ったら、「ゴマプリンが美味しいところあるよ」と教えてもらったレストランです。『地球の歩き方』にもご飯屋さんいっぱい載っているじゃないですか、でも確かそのお店は乗っていなくて。ぜひ行ってみてください。めちゃめちゃいいので。
ーー料理はフレンチですか?
日本人シェフがやってるフレンチです。最近パリに、日本人シェフがやっているフレンチが増えているじゃないですか。最初は、なんでパリまで行って日本人シェフのお店って思ったりするけど、そもそも大事なのはその土地でしか作れない材料を使って作られていることなので、やはり美味しいんですよね。それが日本人の舌に合う形で作られているという意味では、日本では食べられないものなので。他にもいくつか絶対に行くお店はあります。ご飯の話題ばかりになっちゃいますけど。
ーー料理に限らず映画でもそういう要素はありますよね。その土地でないと撮れないもの。
ありますね。この映画の編集はパリでしているんです。編集は別にどこでもできるし、編集でパリに行ったってどういうこと、と言われちゃうんですけど、やはりパリに来て、そこに住んでるエディターさんと一緒に毎日朝から晩までオンラインではなく直接向き合って話し合って、一緒に編集しながら、僕も隣でパソコンをいじりながら、「じゃあ、こういうのは?」と見せ合うというのは、やはりパリじゃないとやれなかったです。
その編集したものを今回のワールドセールスカンパニーに、ちっちゃな映画館で見せたんですね。それですぐにリアクションをもらって、もう1回編集に入ったりして。 そういうのって、その場所でしかできないことなので、パリで編集したからこそ、こういう場に呼んでもらえてる作品になったというのはあるんじゃないかなという気はしています。
ーー日仏で違いは感じます?
編集に限って言うと、一番大きいのは、日本のエディターさんって言っても人それぞれなので一概には言えないですけれど、やはり監督の要望にうまく答えるプロフェッショナルが多いんですよね。その専門性は素晴らしいと思っていて、自分もエディターさんを入れることは映画以外だとよくあります。
ただ、この2作目である『ぼくのお日さま』を作るにあたっては、エディターさんを入れるかどうか迷ったんですが、やはり挑戦してみたかったんです。海外のエディターと組んでみる。それによって海外の視点、特に西洋の視点、西洋の人たちから見た時にどう見えるのかっていうのを、編集に取り入れてみたかったので。いざやってみたら、まだ一人しかご一緒したことがないのでフランスの人と一概に言っていいのか分からないですが、少なくともご一緒したティナ・バズさんは、一人のアーティストとして、とても自分の表現を突き詰めるんです。
「私はこうした方がいいと思う」という意見がすごくあって、一人の表現者として、僕という表現者と向き合っている感覚があります。その人のものづくりを支えてあげるというよりも、私は私のものづくりをして、それがあなたにとっていいものになるかどうかというような視点に思えて、それが今回は自分も編集する以上、その人にお任せでない以上、とてもいいセッションになりました。
ーーやり取りの中で特に印象に残ってる部分は?
シーンに限った話というよりも、もっと大きな話になっちゃいますけど、脚本と全然違うシーンの並べ方をしてくるんですよね。そういう大胆さというのは、やはり一番記憶に残っています。
ーー時にはぶつかったりもしながら?
ぶつかったりもしますが、やはり最終的には監督が決めなさいというところがあるんですけど、絶対それだけはしない方がいいというような意見もあったりして、そこは多少ぶつかりながらですけれど、そのぶつかりがなかったら、この映画はこの形、このクオリティで完成していなかったという気がします。
ーーロケ地には、なぜ北海道を?
メインは赤井川村。いわゆる町とか道のりとかで多く撮っています。登場人物が住む町として小樽が何シーンか出てきますし、あとは小学校が石狩だったり、凍る湖は苫小牧だったり、北海道の人が見たらあそこからあそこまではちょっと遠すぎないと思われちゃうかもしれませんが、観光地化されている景色があまり好きじゃなくて、どこか分からない、記号化され過ぎていない町並みというのが好きなので、その町の象徴とされている景色はなるべく使わずに、パズルのようにこの架空の町を作り上げていった感じです。
ーー現地に行ってみたからこそ湧き上がるインスピレーションがあると思うんですけど、特に印象に残ってることは?
ロケハンも一つの旅だなと思っていて。ロケハンしながら、あと自分の場合は脚本書く前に一回、シナハン(シナリオ・ハンティング)と呼んでいたりもしますけど、一度大きなロケ地を決めに行ったんです。そもそも北海道で本当にいいのかみたいなところで。そのなかでこの景色いいなと思ったところから作ったシーンとか、風景ショットもこの映画に何カットか出てきますけど、こういうシーンから始まったらこの映画はいいだろうなとか、ロケハンやシナハンという旅を通して出来上がっているカットはいくつかありますね。
ーー海外でも撮影したい気持ちはある?
ありますね。実際にフランスでも撮影はしたことがあって。エルメスのドキュメンタリーなんですけど、その時にフランスの景色をどう切り取るかみたいのは、さっき言ったようになるべく観光地化されていない、パリの観光紹介ムービーみたいにならないといいなと思っていました。なぜなら、そういうのはもうたくさんいい映像があるので、そうではないものにしたいなと思っていて、なるべく「エッフェル塔です」「凱旋門です」とならないで、いい景色がどこがあるだろうなと思いながら撮りました。
ーーパリに行った時はガイドブックは持っていきました?
『地球の歩き方』を持っていきましたよ。iPadにダウンロードして、それにご飯屋さんを画面上で線を引いてって、制覇していきました。
ーー旅行へ行くときに、必ず持っていくものはあります?
ありますね。一つはiPadです。ガイドブックとか、その町を舞台に書かれた小説とか映画とかをiPadで持っていくんです。あとフィルムカメラ。今も持っています。旅行をすると写真がすごく撮りたくなるのと、その町の映画とかも撮りたくなるので。映画を撮る感覚で撮れるのがフィルム写真なので、iPhoneだとなかなかそうはいかない。ただの記録なんですよね。
ーーどんなフィルムカメラですか?
ニコンのF3っていうんですけど、非常にかわいいです。頑丈で、フィルムの装填も楽ちんで旅に向いてるので、これを持っていっちゃう。こういう風に(カバンの中に)裸で入れちゃいます。盗まれてテンションが下がり過ぎるのも良くないじゃないですか。でも、いい写真が撮れないと意味ないじゃないですか。
ーーカンヌでもすでにたくさん撮りました?
想定してたよりも充実した時間を過ごさせていただいていて、あまり撮れていないですけれど、でももう、いい写真が撮れている気がしています。
ーー次に撮影で行ってみたい国はありますか?
スウェーデンがすごく好きなんです。最初は映画祭で行ったんですけど、その映画祭の時にストックホルムで働いてる撮影監督と出会ったんです。彼といろいろ話してるうちに、この前は米津玄師さんのミュージックビデオも一緒に撮ったりもしたんですね。そういう出会いが旅を通して生まれるのは本当いいなと思っていて。彼が今もストックホルムに住んでいるので、ストックホルムで彼と一緒に映画を作れたら、幸せなことだろうなと思います。
ーー奥山監督にとって、旅行とは?
「旅とは」ですよね。僕、旅を主軸に置いたドキュメンタリーをエルメスで撮っていたので、毎回それに近いものを、逆に被写体に聞いていたんですけど、いざ自分に聞かれるとなかなか難しい質問だなと今思っています。旅をすることで生まれる創造的刺激みたいなものはすごくあると思っているし、ぼーっとできるじゃないですか。それがすごく大事だなと。ぼーっとする時間って、ものづくりとか、何か気づきを得る時にすごく大事だと思うんですよね。確か何かの用語で創造的休暇と言ったりするらしいんですけど、こういう風に映画祭に来たりするのもまさに創造的休暇だなと思っていて。
昨日上映があったので、昨日、今日、明日はちょっとバタバタしそうですけれど、それ以外の日は本当にのどかな時間をもらっているので、そういう時に次はこういう映画を作りたいかもと思ったりする瞬間もあったりするので、想像するための気づきを得ることができるのが旅なのかなという気がしています。
映画『ぼくのお日さま』
9月、テアトル新宿、TOHOシネマズシャンテ ほか全国公開
配給:東京テアトル
© 2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS
出演:越山敬逹、中西希亜良、池松壮亮、若葉竜也 ほか
主題歌:ハンバート ハンバート「ぼくのお日さま」
監督・撮影・脚本・編集:奥山大史