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2024年は、印象派と現在は呼ばれている画家たちが、パリ市内ナダールのアトリエで「第1回印象派展(正式名称:画家、彫刻家、版画家などによる共同出資会社の第1回展)」を開いてから150周年を迎えた年です。印象派画家として人気も高く、多くの人が真っ先に思い浮かべるのがモネです。代表作『睡蓮』を描いた、ジヴェルニーにある「モネの家と庭園」を節目の今年に再訪してみました
モネの家と庭園のあるジヴェルニーは、パリから列車とバスを乗り継いで(ヴェルノンで乗り換え)1時間強で行くことができる、パリからの日帰り旅行には最適な場所です。モネは1890年、50歳の時にこの村に家を購入して晩年を過ごしました。
ジヴェルニーのよさは、モネの家と庭園に限らず村内の雰囲気です。大都会であるパリの林立するクラシックな建物、人の多さと喧騒が作り出すヨーロッパの都市感、さまざまな文化的イベントと遺産の集合体は、人々をとても魅了するところがありますが、ジヴェルニーは静けさのなかにフランスの地方の美しさとよさを凝縮した場所で、モネの家と庭園を往復してちょうどのタイムスケジュールで訪れるよりは、少し時間に幅をもたせて、ゆっくりと村内を歩く時間を残すことで、さらによさが滲み出てきます。
ジヴェルニー村内での時間配分は、大きく3つに分けられます。ひとつはモネの家と庭園の鑑賞、もうひとつが村内にあるジヴェルニー印象派美術館の見学、最後が村内の散策とお茶や食事などを通じて、ゆっくりと村の落ち着いた雰囲気を取り込み、リフレッシュすることです。
モネの家と庭園は、ここも大きく3つに分けられます。モネの家と、通りを挟んで大きくふたつに分かれている、それぞれの庭園です。
モネの家では、モネが暮らしていた当時の残り香を感じることができます。異なる色使いやインテリアで飾られたアトリエ、居間、寝室、台所、ダイニングなど。アトリエにはレプリカですが多くのモネの絵画が置かれ、当時ここでモネが制作していた風景を想像することができます。寝室からは庭を一望でき、制作に従事したあとは、ここから暮れるジヴェルニーでの1日の終わりを感じ、床に着いたのかもしれません。台所やダイニングからは、ガチャガチャと食器の音が今にも聞こえそうで、ここでさまざまに語らうモネたちの姿を想像できます。
目を引くのは、部屋か廊下など各所に飾られた浮世絵です。モネの日本へ対する興味が散見できるとともに、私たちが西洋の絵や写真を部屋に飾るように、遠い異国への憧れやエキゾチックさを求めていたのかもしれません。
庭園は、さまざまな花々が咲き乱れる庭園と、睡蓮の池がある庭園のふたつに、通りを挟んで分かれています。施設に入場してまず通るのが前者の庭園。園内を歩くとともに、次々と目の前に飛び込んでくる色彩は、印象派の絵画そのものです。印象派の美しさは、もとはこれら自然の色彩の美しさがベースにあることを、私たちに知らせてくれます。
これら色彩を十分に堪能した後は、地下道を通って、もうひとつの庭園へ。ここでは真打として、睡蓮の池が登場します。
睡蓮が池に花弁を浮かべるのは6〜8月と言われていますが、それ以外でも他の花々が池を囲むアクセントとなり、十分に楽しめます。今回私が訪れたのは4月。この時期は藤が池を渡る橋を紫色に彩り、美しさがあふれていました。
フランス王宮の庭園のような幾何学的な配置ではなく、自然景観のように作られた庭園は、不均衡のなかでのまとまりを見せており、カメラをそこに向けてみると、まるで印象派の絵画のような画面が出現します。フランスの、この何気なくも美しい魅力にモネの芸術的技術が加わって、現在でも人々を魅了する傑作群が生まれたことを実感できます。
モネの家と庭園が、印象派の当時の様子を実感できる場所であるなら、ジヴェルニー印象派美術館は、もう少しそこから距離を置きつつも、体系的に印象派というものを理解できる場所です。真っ白な館内に、印象派作品が並ぶ姿は、自然から切り出された風景が洗練され、絵画として芸術に昇華した姿を見られます。
同館はアメリカの美術収集家であるダニエル・テラが開いた、かつてのアメリカンアート美術館をリニューアルしたものです。毎回さまざまな特別展が企画され、2024年3月29日〜6月30日は、「印象派と海(L’Impressionnisme et la mer)」展が開かれています。モネ、ピサロ、マネ、ゴーギャン、ヨンキントなど、海をテーマに印象派画家の世界観が展開されています。
もし日程に余裕があるなら、同展を鑑賞した後に、さらにノルマンディーを西へ向かい、英仏海峡に面する海岸沿い各所に横たわる、真っ白なチョークの崖の景観を見に行くのもおすすめです。その圧倒的な景色は、印象派の画家が魅了された理由をはっきりと認識できるでしょう。
時間の関係上、ツアーなどでのジヴェルニー訪問では見落とされがちな村内散策も、ジヴェルニーのよさをより際立たせてくれる機会になります。大きな村ではないため、散策は主に村のメーンストリートであるクロード・モネ通りが中心。モネの家と庭園も建つこの通りを軸に、カフェやレストラン、土産物屋などが、点在しています。
ジヴェルニー印象派美術館にもカフェが併設されてますし、同美術館からさらに西にあるアンシャン・オテル・ボディは、かつてモネが滞在し、セザンヌ、ルノワール、ロダン、シスレーなどが集まった場所。ランチに最適な場所です。そこからさらに西へ歩くと、サント・ラゴンド教会が。教会の墓地にはモネの墓もあります。
カフェの椅子に座り、風の音にゆっくりと耳を澄ませていると、歩いているだけでは聞こえてこない鳥の鳴き声や、木々の葉が擦れる音が、空を雲が流れるスピードの認識とともに体のなかに入ってきて、モネが日々ここで生活しながら感じていた雰囲気に触れることができます。
作品だけでなく、その制作された周囲の物事に実際に触れてみて、感じることで、傑作と言われている作品群が生まれた背景とその必然に、少し近づけるような気がします。絵画が描かれた場所を訪れるということは、絵画をより立体的に見ることができるきっかけを与えてくれるようです。
取材協力:フランス観光開発機構、ノルマンディー地方観光局