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寒い日が続いていますね。京都も大型寒波の影響で2月8日の朝は雪景色となりました。
この朝、嵐山・渡月橋から竹林の小径へと歩いて来ました。
しんしんと降る雪の中に渡月橋が見えました。現在渡月橋辺りでは護岸工事が
行われています。
渡月橋の上は、吹き抜ける川風で凍てついていました。
渡月橋は全長155mの橋です。
渡月橋は大堰川(桂川)に架かる橋で、嵐山のシンボルとして一年中観光客でにぎわっています。この橋は、平安時代初期に弘法大師の弟子である、法輪寺の道昌(どうしょう)が架けたことが始まりとされています。
架けられた当時は、現在の位置よりも100mほど上流にあり、名称も「法輪寺橋」とつけられていたとの記録が残っています。その当時の橋の色は現在とは異なり、朱塗りの橋だったそうです。
その後、応仁の乱で橋が落ちたり、増水で破損や流出を繰り返してきましたが、江戸時代の豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)が改修工事を行い、現在の場所に架け替えました。
現在の渡月橋は、橋脚が鉄筋コンクリート製で、上の欄干部分は和製のヒノキでできています。
写真の奥に見えるのが、法輪寺。多宝塔が見えます。
渡月橋から嵐山のメインストリートでもある長辻通りを歩いて、竹林の小径へと向かいます。
天龍寺前のお地蔵様も雪帽子姿。
長辻通りから左に入ると竹林の小径へと続きます。
竹林の小径は嵐山観光でも一番人気のエリアです。
小径は、野宮神社から天竜寺西門を経て大河内山荘入口まで続いています。
この朝は風も強くて、時折の突風に竹林に積もった雪が舞い落ちて来ます。
雪の朝にも関わらず、沢山の外国人観光客が来られていました。
竹は北米やヨーロッパでは育ちにくい為、外国人観光客の方には特に人気があるようです。
「竹林の小径」の名称ですが、竹林の小径の名に定着する前は「嵯峨野の竹林」とか「竹の道」等様々に呼ばれていましたが、現地に設置された道標に「竹林の小径」と明記されてからは、それが正式名称になった様です。
竹林の小径のある嵐山は、平安時代には貴族の別荘地でした。
江戸時代に入ると茶道や庭園芸術などの文化が栄え、竹林の小径に足を運ぶ方も増えて来たそうです。
現在の竹林の小径は、江戸時代から変わっていないという説や、明治時代に整備されたという説もありますが、嵐山エリアでは一年を通して大人気のスポットです。
竹林の小径から亀山公園を経て、再び嵐山へと向かいました。
嵐山に戻ると、大堰川は吹雪いていました。
渡月橋もモノトーンの世界です。
以上。2月8日、雪の日の嵐山でした。