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【岡山・一宮】備前国の一宮「吉備津彦神社」へ

mami

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岡山特派員

更新日
2026年1月29日
公開日
2026年1月29日

こんにちは。岡山特派員のmamiです。
今回は、吉備国から備前国、備中国、備後国の三国に分割された時に備前国の一宮となった吉備津彦神社をご紹介しましょう。
吉備津彦神社は、「朝日の宮」とも称され、夏至の日に鳥居から昇る朝日が本殿の御鏡に差し込むという神秘的な現象が見られます。​また、桃太郎伝説ゆかりの地として、日本遺産「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま 〜古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語〜の構成文化財のひとつにもなっています。

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吉備津神社

さて、随神門をくぐると、両脇に石造大燈篭が出迎えてくれます。
随神門は現在、保存修理工事の最中で見ることができませんが、来月の2月14日、15日は工事の見学会が行われます。見学は無料で南大燈篭広場で受付をしています。
詳しいことは →
そして、広場にある大燈篭は、高さ11.5m、笠石8畳の日本一大きな燈籠です。文政13年(1830年)から安政4年(1857年)の27年にも渡り寄付がよせられ、安政6年(1859年)に天下泰平を祈願して建立されたものです。

中央の石段を登ると、本殿の左側に樹齢千年以上とされる御神木「平安杉」が聳え立っています。半分、モルタルに覆われた異様な姿ですが、昭和5年の社殿火災の火にあぶられ、半分焼けただれていました。近年、幹の空洞化と老朽化が進行し倒木の恐れもありましたが、平成16年に治療が行なわれ現存しています。
平安杉には古くから「この大杉に龍の宿る」という神秘的な伝承が伝えられています。火災により燃え尽きなかったのは、やはり水の神、龍神さまが宿っていたからでしょうか。

拝殿で参拝を終えたら祭文殿、本殿の方へ回ってみます。
手前が祭文殿(さいもんでん)、奥が拝殿になります。この2つの棟をつなぐ廊下として軒廊(こんろう)が間にあります。
祭典やご祈祷を斎行する御殿が祭文殿になります。

拝殿、軒廊(こんろう)、祭文殿(さいもんでん)、釣殿、渡殿、神餞所の6棟は昨年、令和7年3月18日に県重要文化財に指定されました。

奥が本殿で同中門(市指定重要文化財)を挟んで手前が渡殿です。
社殿は昭和の火災で焼け落ちましたが、幸いにもこの本殿だけは延焼を免れました。
本殿は、江戸時代のものですが11年間もの長い年月をかけて建築されています。実に荘厳華麗な建物だと思いませんか。流麗な三間社流造りの神殿は、飛鳥時代の社殿建築の粋が尽くされているといいます。吉備地方の神社建築の伝統とする“流(ながれ)造り”の昔ながらの姿を示す社殿としても貴重な建物で、昭和43年に県の重要文化財に指定されました。

温羅神社

境内から第二駐車場の方へ出ると吉備の中山登山口という石碑があり、そちらへ向けて歩くと赤い鳥居が見えます。この先には温羅神社、三つの末社、稲荷神社などがあります。

 

三つの末社があり、そのいちばん奥のお社が温羅神社です。
御祭神は温羅の和魂(うらのにぎみたま)で、吉備津彦命と戦った温羅をお祀りしています。温羅は鬼とされていますが、吉備の国に製鉄など様々な文化をもたらしたといわれ、温羅の和やかな御魂をお祀りしています。

磐座(いわくら)

この登山道を歩いて行くと15分程ほどで龍王山の山頂にある磐座へ到着します。

ここは吉備津彦神社の末社で、八大龍王を祀る龍神社があります。古代には日照りが続くと雨乞いの儀式をしたと伝わっています。
すぐ近くには幽玄な雰囲気をたたえる元宮と呼ばれる磐座(いわくら)がありました。元宮というのは、吉備津彦神社の社殿が建てられる以前の神社の姿のことで、おそらく備前国ができる前からあった神社ではないかと思います。

今回は吉備津彦神社の境内だけではなく、あまり知られていない温羅神社や磐座をご紹介しました。吉備津彦神社に参拝されたときには、時間があれば背後にそびえる龍王山へも足を延ばしてみてください。

インフォメーション

所  在  地  岡山市北区一宮1043
駐  車  場  約100台
アクセス  鉄道 JR「備前一宮駅」より徒歩3分  バス 「小松橋」バス停下車 徒歩5分
ホームページ 吉備津彦神社

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