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【福岡市】安倍晴明が白竜を召喚!?復活させた井戸にまつわる伝説

久田 一彰

久田 一彰

更新日
2026年4月15日
公開日
2026年4月17日

陰陽師安倍晴明というと平安時代に式神を使役し、さまざまな術を使いながら、病気平癒(びょうきへいゆ)や魔除け、干ばつ時には雨乞いを行い、人々の不安を取り除いていました。時の権力者「藤原道長」ら貴族の信用も厚い人物です。映画や書籍などにも登場し、伝説の呪術師として多くの方に影響を及ぼしました。

そんな安倍晴明の伝説は各地にあります。晴明神社や塚・お墓、各地でいろいろな奇跡を起こした伝説の数々。ここ福岡市東区馬出にも、安倍晴明が復活させたという井戸がありました。

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井戸には三つの伝説が残っていた

そんな安倍晴明の伝説が残っているのは、福岡市東区にある翁別(おきなわけ)神社です。ここには安倍晴明の他に2つ伝説が残っています。一つは十六宵(いざよい)という娘の伝説と、千利休がお茶を点てた伝説。これだけ同じ場所に伝説が集まるのは珍しく、しかも時を経て関連しているのだからとても興味深いです。

十六宵の伝説

時は平安時代にまでさかのぼります。元慶4年(880)8月16日の夕刻に一人の女児が生まれ、「十六宵」と名付けられました。その娘が7歳の時浜辺の小高いところに自然と清水が湧き出たのです。その清らかさは明鏡のごとく、その味は甘露でした。

十六宵はいつもこの水をくみ、髪をとかし容姿を整えていたので、人々はこの池を「鏡の井」と呼ぶようになりました。

13歳の頃には美人と評判になっていました。宇多天皇の御代に、天皇の使いの橘卿はこの評判を聞き、京都で官女にしようと都へ連れ立ち、彼女の姿はこの浦から見えなくなってしまいました。

すると、今まで湧き出していた清水はすっかり枯れはててしまい、元の浜辺に戻ってしまったといいます。

十六宵の伝説はここまでですが、この話には続きがあり、次は安倍晴明がこの伝説を引き継ぐことになります。

白竜を召喚した晴明の伝説

安倍晴明が唐から帰った時に、この「鏡の井」について人々に尋ねてみたが、知る人は誰もいなかったそうです。

そこで持っていた杖に呪文を唱えながら空中に投げると、なんと杖がたちまち白竜になりました。龍が地上に戻ると、大地はうごめき裂け、清水が空高く湧き出してきたのである。竜は水に潜って水底に姿を隠してしまいました。

これを見た安倍晴明は、こここそが「鏡の井」と思い、石を集めて井筒を築きます。以降、この井戸は干ばつにも枯れることなく、名水として伝えられました。

ここでこの伝説が終わりと思いきや、まだまだ続きがあります。次の登場人物は、千利休です。

千利休がお茶を点てた

天平15(1587)年、豊臣秀吉が博多を訪れた時のこと、千代松原で茶の湯の会を催したとき、一緒にいた千利休がこの井戸の水をくんでお茶を点て、秀吉に献じたという伝説が残っています。

石碑の裏には和歌も刻まれており、千年以上を経た現在でもその清らかな水をたたえております。

利休水を汲みて

蜑可子能 

さか可美うつす浦なれば 

水を鏡と云ひやそめ希む

 

また、この近くには、「千利休釜掛の松」というものが残っています。この地の松に雲龍の絵柄の小釜を吊るして、松葉をたいたといいます。

その場にあるもので創意工夫を凝らして、お茶を点てる。なんともまあ、素敵なお話です。

石碑の裏には和歌が刻まれているという

歴史上の人物たちがおのずと集まった「鏡の井」。

いったいどんな味がしたのか気になりますね。

◾️十六宵遺跡・鏡の井
住所:福岡県福岡市東区馬出2丁目6−1
アクセス: 福岡市営地下鉄箱崎宮前駅出口1から徒歩約4分

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