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大航海時代に世界の海を支配したスペイン王国も、起源を遡ればイベリア半島北部を治める小さなレオン王国でした。
それが強大なカスティーリャ王国となり、15世紀にイベリア半島を統一した後は新大陸征服を成しとげて、世界史の担い手となります。
かつてのレオン王国の版図を受けつぐカスティーリャ・イ・レオン州Castilla y Leónを巡る旅は、いわばスペインの歴史と文化の源を探る旅ともいえます。平原と牧畜、ワインと生ハムなど、スペインらしい風景を味わいに出かけてみましょう。
要塞都市アビラは、マドリードから北西へ車で45分ほどの距離にあり、カスティーリャ・イ・レオン州への州境を過ぎて間もなく到着します。旧市街はとてつもなく分厚く頑丈な城壁に囲まれた難攻不落の町として知られています。
19世紀の画家アントニオ・ベルナルディーノが1864年に描いたアビラの遠景を見ると、城壁内の市街はもちろん、手前の屋敷も姿が変わっておらず、今もほとんど同じ景色が広がっていることに驚かされます。
アビラの歴史は紀元前3000年以上前のケルト人の時代まで遡れますが、いかつい要塞都市に変貌したのは8世紀に北アフリカのイスラム教徒がスペインに上陸してからのことです。
イスラム教徒は、当時のスペインの中心地だったトレド王国を滅ぼしてイベリア半島の大半を支配しました。それによって、カスティーリャ地方はキリスト教徒対イスラム教徒の戦いの最前線がおかれます。強力なイスラム軍の攻撃に備えてアビラはこのような要塞都市となったのです。
また、この地方は城や城郭(スペイン語でカスティーリョ)が多く築かれたため、それが地域名に転じてカスティーリャ地方と呼ばれるようになりました。
頑丈な城壁に囲まれた旧市街は、ユネスコの世界遺産に登録されています。城壁の上からは、中世の家々がぎっしりと詰まっている景色が見渡せます。
ひときわ高い建物はカテドラルです。カテドラルの外壁は城壁を兼ねています。鐘塔は監視塔です。戦乱の時代に、カテドラルが城塞の要として重要な役割を果たしていたことが分かります。一石二鳥というよりも、もしかしたら建築予算が少なくて済むので一石三鳥でしょうか。中世のスペイン人はなかなか頭がいいですね。
上の写真は、城門の外の様子を上から見渡したところです。道行く人が小さく見えて、あらためて城壁の巨大さが実感できます。城壁の上にいると、強い直射日光と照り返しで肌がジリジリと焼けます。午前中ならば風が吹けば涼がとれますが、午後になるとそれも熱風に変わるので、暑くてかないません。
現在のアビラの城塞内の人口は約4000人。城塞は標高1131mの丘の上にあり、その一番高いところにカテドラルが建っています。外に広がる新市街を合わせると、ぜんぶで約6万人が住んでいます。
城壁の上から南方を見ると、6月だというのに雪が残る山脈が見えます。夏は酷暑の地となるカスティーリャ・イ・レオン州ですが、年間平均気温は11度と低く、冬は極寒の地となって、この町も雪に包まれるそうです。
あの山脈の向こうの方向には古都トレドがあり、イスラム軍は山脈を越えてアビラに進攻してきました。見渡すかぎり畑しかみえない平原ですが、かつては戦場になることもあったのですね。
城壁の上では、ガイドがツーリストにアビラの歴史を熱く語っています。ローマ人が街を作り、イスラム教徒が侵略し、レオン王国が成立し・・・・・・といった波瀾万丈の歴史物語はドラマチックで、盛り上がり続けています。
8〜10世紀のイスラム教徒統治下の様子は記録が残っていないため、当時の暮らしがどんな様子だったのかほとんど分かっていないそうです。かつてこの町にもモスクがあってイスラム教徒が礼拝していたことでしょうが、そのよすがは全くありません。
カテドラルの正面にあるレストランAlcaraveaに来ました。階段を上った2階がレストランです。2001年の開業ですから新しい店ですが、料理の質の高さで今ではアビラを代表するレストランのひとつに数えられるようになりました。
さっそくワインがグラスに注がれます。もちろん地元のカスティーリャ・イ・レオン産です。土地柄の寒暖の激しい気候を反映してか、濃厚ながらもメリハリのある風味を感じさせてくれました。
この地方のブドウ畑は標高800mを超え、ヨーロッパでも高地の部類に入ります。有名なリオハと並んでスペインを代表する産地で、上品な香りのリベラ・デル・ドゥエロ Ribera del Duero や、濃厚なトロ Toro などの産地の名前がよく知られています。
ドゥエロ川は下流にいくとポルトガルのポルトを流れるドウロ川と名前を変えますが、こちらはポートワインの原産地として世界中に知られています。
前菜のあとに運ばれてきたメインディッシュは、地元特産のアビラ牛のステーキです。スペイン人はステーキが好きですが、アビラのそれは「チュレトン」といって1kgもある名物ステーキです。マドリードなどの他の都市でも食べられますが、やはりドゥエロの赤ワインとアビラ牛で食べるのが最高の贅沢というものです。
チュレトンは、スペイン語であばら肉を意味するチュレータに言葉が似ていますが、こちらは骨の有る無しにかかわらず「巨大な肉」のことを指します。それだけに、まだ調理前でこれから切り分けて焼くのでは?と思うほどの巨大なステーキです。調理場から皿が運ばれてくると客の嬉しそうな叫びが聞こえてきます。おそらく、大喜びしているのはチュレトンを初めて見る外国人ツーリストでしょう。
アビラでは、テラス席に座ってチュレトンをペロッと平らげている観光客をよく見かけますが、あれは1kgのチュレトンを食べる目的でこの町に来ているツーリストです。スペイン人の誰もがみんな1kgのステーキを食べきれるわけではないらしく、隣の席のスペイン人はけっこう残していました。やはり大きすぎるのでしょうか。
が、食後のデザートはしっかり食べていました。デザートとカフェを食べないかぎり食事が終わらないのがスペインです。
スペインのランチは午後2時過ぎに始まって、ゆっくり2時間以上かけて楽しみます。カフェを飲んで、さらにお喋りしてから席を立つのが礼儀です。
■ Alcaravea
・住所: Plaza de la Catedral, 15, Ávila
・営業: 昼13:00 – 16:00、夜21:00 – 23:30
・定休: 日の午後、月曜
レストランはカテドラル前の広場にあります。カテドラルには夏の陽射しが当たっていました。スペインの太陽は午後4時ならまだ真上で輝いています。なんて眩しいのでしょう。
カテドラルの正面ファサードはスペインで最初のゴシック様式だと言われています。城壁と一体の部分はロマネスク建築ですが、その部分を見ていると軍事施設なのかカテドラルなのか判断できなくなってしまいます。しかし、それも仕方がないことです。中世にはその両方の役割をしていたのですから。
アビラの城壁から外へ出ると、あちこちに青いサルビアが咲いていて、葉はとてもよい香りがします。サルビアはシソ科の植物で、その葉はイタリア料理やドイツ料理に欠かせないハーブに用いられます。イタリアではパスタにも使うそうです。
もともとは薬用植物で、サルビアの名の由来はラテン語の「健康である」サルウェオだといいますから効き目がありそうです。特に飲み過ぎ食べ過ぎに効くとのことなので、ワインとチュレトンで苦しくなったら、煎じてティーにして飲めばいいですね。そのために城外にたくさん生えているのかと思うほどです。
6月のカスティーリャ・イ・レオン州はサルビアのみならず、花や新緑の鮮やかなコントラストが目に眩しい季節です。
次回は、サラマンカをご紹介します!
取材協力:カスティーリャ・イ・レオン州観光局
スペイン政府観光局
フォトグラファー:有賀正博