一生に一度は出会いたい! 『日本の凄い神木』究極の5柱
2022.11.1
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地球の歩き方旅の図鑑シリーズ『日本の凄い神木』の発刊記念で、本書掲載の「神木女子座談会」にご登場いただいたお三方と、著者・本田不二雄がアテンドする「究極の神木日帰り旅」を催行しました。本稿は、その第2回(全3回)。今いろんな意味でアツい熱海編です—。(文・写真/本田 不二雄)
異能女子3人とゆく日帰り神木巡礼旅は、湯河原から熱海へ。熱海といえば、御神木フォロワーの聖地として知られるあの神社が有名ですが、その前に筆者ホンダ激推しのパワースポットに立ち寄りましょう。
「次は海沿いの道から『走り湯』へ」運び屋H氏にそう告げました。
●12:30 熱海・走り湯着
走り湯(走湯)とは、全国で唯一の横穴式の源泉で、日本三大古泉のひとつ(諸説あり)とも。海岸近くの段丘にトンネル状の洞穴があり、もうもうと湯けむりを上げています。
走り湯初体験の3人は、そろってア行の声を上げつつ大コーフン。ポコッポコッと音を立てて湧き出す源泉の蒸気と熱に当てられ、中は5分と居られない状態ですが、よく見ると、ヨガ行者まり氏は下腹部で蒸気を浴びるような謎ポーズ。まじない師きりん氏はお尻を突き出して「いいわあ」などと声を漏らしています。
建築士のきみえ氏は「何かワタシ、腰痛が治まったかも。これ女性におすすめですよ」といい、同意するように「骨盤底筋をいい感じに刺激してくれる」(きりん氏)、「男性だったら痔にもいいはず」(まり氏)。なんだか“お年頃”らしい感想ともいえますが、こと効能に関しては、三者三様のプロフェッショナルの話は傾聴に値しそうです。
なお、洞穴の上には走湯神社が鎮座し、この神社から一直線につづく石段で伊豆山神社(標高392メートル)と繋がっています。伊豆山神社はかつて伊豆山権現(いずさんごんげん)と呼ばれ、またの名を走湯(そうとう)権現といいました。
●13:00 伊豆山神社着
伊豆山神社といえば、源頼朝と北条政子がこの地で結ばれたとする逸話から、縁結びのご利益で有名。政子が一時身を潜めたエピソードは大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも出てきました。境内には、神秘的ないわれを伝える「光り石」や、「頼朝・政子の腰掛け石」、神木のナギの木のほか、シダレザクラのたもとには、おみくじを結びつけると恋愛成就が叶うという「こころむすび」のモニュメントもあります。
筆者ホンダとしては、伊豆山の山上から走り湯にいたる、赤(火)と白(水)の龍に象徴されるダイナミックな神域全体が気になるところですが、きりがないので、隙あらば山の神様を追い求めて奥へと分け入ろうとするきりん氏をなだめすかして次へと進みます。
●14:30 来宮神社着
さて、食事を済ませ、いよいよ御神木の聖地・來宮神社です。
何しろ、近年の人気はすさまじいもので、平日から多くの参拝者がお見えです。鳥居をくぐって進む参道は竹林の趣で、非日常への誘いを思わせます。さっそく右手にあらわれるのが「第二大楠」。そのお姿はまさに壮絶で、幹内部のほとんどは空洞になっており、焼け焦げたような跡も残っていました。一方、ウロの裏側では支幹がたくましく生長し、葉を繁らせています。つまり、これでもちゃんと生きているのです。
「樹齢1300年超、約300年前の落雷にも負けない第二大楠」(境内マップ)とのこと。まったく胸を打たれる樹相というほかありません。
つづいて参道反対側にあるピカピカの稲荷社のほうへ向かうと、きりん氏がお社の背後で手招きをしていました。「ここ、すごくいい感じですよ」(きりん氏)。
案内板には「つづ樹の間」とあり、根がつながっている3本のクスノキの間に回廊が渡されています。そこに立ち、かたわらでドドドと瀬音を立てる糸川のバイブレーションを感じていると、いろんなものが祓われるようです。
さて、本殿で参拝をすまし、その脇道から奥に抜けると、ついに「大楠」がお目見えです。
「国指定天然記念物 大楠 樹齢2000年超、本州1位の巨樹 幹周り23.9m、高さ26m」(境内マップより)
写真で観てもそのスケール感は伝わらないし、数字やデータを出してもその存在感は伝わりません。だからこその「神木体験」なのですね。
ここで『日本の凄い神木』より該当記事を引用しておきます。
「來宮神社は、和銅3年(710)、熱海の海で漁夫の網に木像がかかり、『われは五十猛命。この地に波の音の聞こえない7体の楠の洞があるから、われをそこで祀れ』と告げられたことにはじまるという。来宮とは『木の宮』であり、伝承ではかつて7本の御神木があったことを伝えている。
ところが江戸時代の末、隣村との紛争が発生し、その訴訟費用にあてるために境内のクスノキが伐られることになった。すでに5本が伐られ、残るは大楠2本。ついに残りの幹に大鋸をあてたところ、忽然と白髪の老人があらわれ、両手を広げて遮った。すると大鋸は手元から折れ、老人の姿はいつのまにか消えていたという」(本書17ページ)
白髪の老人はともかく、畏れ多くて伐るに伐れなかったのはまちがいないでしょう。ともあれ、今もそのお姿を拝することができることに感謝ですね。ちなみに、古来大楠を一周すれば「寿命が1年延びる」とも、「心願が成就する」ともいわれています。
現在は大楠の周囲を巡るための木廊が整備され、空中にせり出した観覧デッキもできて、存分に拝観できるしかけになっています。
ところが、みきえ氏がやや浮かない表情をしていました。
「せっかくの大楠さんですけど……あまりにも整備されていて、自然から浮いてしまっているような気がするんですよね」(みきえ氏)
「前に来たときはもっと鬱蒼としていて、しっとりとした印象だったんだけど」(まり氏)
ややどきっとしました。かくいう筆者ホンダも、以前来たときより、大楠の周囲が明るく乾いてしまった印象を受けていたのです(あくまで個人の感想です)。
「本来は、地面に直接両足で立って大地とヌシさま(御神木)のちからを体感するのがいいんですよね」(きりん氏)
神社に人が来て参拝されるのは、御祭神にとっても嬉しいことのはずです。しかし、人間(参拝者)の都合に合わせることで、神域の風情がやや損なわれてしまう場合もあるのかもしれません。難しいところです。
今回、新たな発見もありました。
本殿に向かって右、弁財天のお社の前でまり氏が筆者を呼んでいます。「神社のルーツはここなんだって!」彼女の指さす方を見ると、本殿右脇の奥、石垣が築かれた一画に、注連縄と紙垂が渡され、小さな御神鏡が置かれた窪みが見えます。
たまたま境内の整備をされている氏子の方が近くにおられ、教えてくれました。いわく、「あそこは、本殿が建てられる前からあった神祭りの場で、月例祭のときに境内の神々を巡拝するさきに最後にお参りする場所」とのことです。こういう場所を察知する能力に長けたきりん氏は、「もとは、川(境内のそばを流れる糸川)の水をあそこに引いて、神様を祀ったのが始まりかもしれないですね」と推察。
仮にそこが元宮だとすれば、現在の弁財天社ともつながっているようにも見えます。弁財天といえば芸能や財運の神様ですが、もとは水辺の神様。そのお社のそばには弁天岩と呼ばれるイワクラ(神々が宿る石)もあります。つまり、有史前の御神木を祀る神社に、神社以前の古代に直結する「証し」が残されていたということのようです。
さて、日本一有名な御神木に相まみえたわれわれは、次に、一般には知られていない、もうひとつの驚くべき大クスに会いに行くのです。(その3に続く)。