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約15年前、いつものように海外の「変わった温泉」を検索していたところ、1枚のこの写真に目が釘付けになりました。「どのような仕組みなのだろう」「どこの国にあるのか」「頂上には立ち入れるのか」「入浴できる施設はあるのだろうか」。次々と疑問が浮かびます。調べていくと、アルジェリアにあるメスクチーヌ温泉(ハマム・メスクチーヌ)だとわかりました。長年行きたいと思い続けていましたが、やっと機会がまわってきたので、昨年(2023年)この温泉を訪ねてきました。
日本ではあまりなじみがありませんが、アルジェリアはヨーロッパでは人気の旅先です。地中海に面したビーチリゾート、先史時代の壁画や古代ローマ遺跡などの世界遺産、雄大なサハラ砂漠でのドライブツアーなど、魅力的な観光資源に溢れています。しかし、個人旅行者にとっては、ハードルの高い旅先としても有名です。事前にビザの取得が必要ですが、旅行者が居住している国のアルジェリア大使館で取得するしかありません。アルジェリアに知人がいて招待状をもらえるなら別ですが、個人で申請するのは難しく、専門の旅行会社を通した申請が一般的です。旅行の行程や宿泊予定のホテルなどをすべて決めて、旅行会社に丸投げするスタイルでないと、許可を得にくいのです。
このため、アルジェリア旅行に精通した旅行会社への相談を出発の半年以上前に始めましたが、何しろ「温泉が目的」というリクエストは一度もなかったそうで、先方も戸惑っていました(ちなみに、筆者は多くの国で戸惑われてきました)。何度もやりとりを重ねて、行程とホテルを決め、パスポートの原本を旅行会社に郵送して、ビザを取得してもらいました。
日本からアルジェリアへの直行便はないので、ヨーロッパやイスタンブール(トルコ)などでの乗り継ぎが必要です。目指す温泉はアルジェリアの東部ゲルマ県にあり、首都アルジェからは車で7時間かかります。時間の節約のため、東部のコンスタンティーヌ空港に入国しました。事前の準備の大変さに比べると、実際の入国手続きは拍子抜けするほど簡単でした。
出迎えてくれた英語ガイドと専用車で出発です。アルジェリアの温泉を個人旅行で訪ねるのは難しいこともあって、全行程専用車という「殿様」のような旅です。10分ほどで到着したコンスタンティーヌの町の中心は、ヨーロッパの街並みのようで、外資系のホテルが建ち並んでいました。
コンスタンティーヌは、複数の皇帝によって分割されていた帝国を4世紀に再統一したローマ皇帝コンスタンティヌスの名に由来しています。3000年以上の歴史を有する古都で、ローマ時代の遺構も残っています。急峻な崖の上に築かれた「山城」のような町はまるで要塞です。町と外部を結ぶ巨大な橋はどれも美しく、橋自体が重要な観光資源となっています。
コンスタンティーヌに1泊して翌朝、車で2時間のメスクチーヌ温泉に向かいました。15年前に比べると、ネット上の情報は増えましたが、いったいどのような場所にあって、どの程度の大きさなのか、どうやったら上まで登れるのかなど、わからないことだらけです。パムッカレやイエローストーンのように地図やガイドブックによる情報がないため、ワクワクドキドキした気持ちで訪ねると、広い駐車場の真正面に突然、高さ25mの巨大な「壁」が現れました。
正面から見るとまさに完全な絶壁です。世界広しといえど、ほかに例を見ない石灰華壁(Travertine Wall)です。なお、石灰華とは温泉に含まれる炭酸カルシウムなどが固まった造形の総称です。白、黄色、茶色、黒のグラデーションが印象的な石灰華壁の源泉は最高98℃。約10ヵ所の源泉から毎分10万リットルという膨大な量の温泉が湧く、壁面を濡らしていきます。
公園の入り口には門があるため、夜間の立ち入りはできませんが、門が開いていれば誰でも無料で入場できます。ただ、外国人は珍しいためか、パスポートをチェックされました。すると、事前に連絡が行き渡っているのか、温泉施設の管理者がやってきて自ら案内してくれました。石灰華壁の右手には、頂上部へと通じる階段がありました。冒頭の写真のように、石灰華壁の側面と頂上の噴気の双方を撮影するには、階段の途中がベストポイントのようです。
頂上には、湯が止まって枯れた石灰華の地面が広がっている場所と、今でも活発に温泉が湧いている場所が隣り合っていました。施設の責任者が同行していたせいか、係員が柵のカギを開けてくれて高温の湧き出し口を見せてくれました。主な源泉は2ヵ所あり、ひとつは卵型の池から、もうひとつは三叉路の交点で湧いていました。溝を伝って温泉は扇型に広がって流れて行き、そのまま石灰華壁を流れ落ちます。少しでも踏み誤れば大けがをしますが、崖のギリギリまで見ることができたのはラッキーでした。
噴気が見える場所があったので、向かってみるとサウナでした。事前の情報がなかったのでビックリしましたが、知らずに帰ったらあとでガッカリするところでした。グループ単位で貸し切って利用するそうですが、ありがたいことにちょうど空いていました。
右手の狭い通路の先にお椀を伏せたような形状のサウナ室があります。中央に据えられた円筒の側面と、天板の穴から猛烈な蒸気が噴出しています。いったん上昇した蒸気が周囲の壁を伝って水滴として落ちてくるため、内壁は茶色と白の析出物でコーティングされています。それほど高温ではないものの、地熱だけを活用した素朴なサウナはとても珍しくて感動しました。このように予想もしない新しい出会いがあるので、未知の温泉巡りがやめられません。
メスクチーヌ温泉は「呪われた温泉(bath of the damned)」という意味だそうです。不気味な名前は、この地にイスラム教が伝わる前、遠い昔の次のような伝説に由来しています。地元のアリ王は実の妹を愛し、結婚しようとしました。周りの多くの者が反対する中、挙行された結婚式の最中、神の呪いで空が暗くなり、ふたりを含む結婚式の参加者は雷に打たれ、石柱に変えられてしまったというのです。
周辺には数多くの石柱が残っていて、「石化した結婚式のゲスト」と呼ばれています。実際は、温泉の噴出が止まり石化してしまった噴泉塔です。昔の人には「石の人」が立ち並ぶように見えたのでしょう。それにしても、これだけの数の噴泉塔が活発に温泉を噴き上げていた時代に、立ち会ってみたいものです。
これだけの湯量の温泉ですから、入浴施設もあります。公園の門の手前に建つハマム・カルシーシはそのひとつです。青を基調とした見た目にも鮮やかな細長い通路を進むと、円形の大浴槽があります。青と白で統一されたデザインが美しく、イスラム風の高い丸天井が印象的です。アルジェリアでは比較的高温の湯が好まれるようで、大浴槽の湯は41℃でした。大浴槽を取り囲むようにずらりと半個室風呂が並んでいます。ここに湯を溜めてグループや個人で入浴したり、洗い場として使ったりできるのです。予約は不要で、空いていれば誰でも利用できます。ちなみに温泉は透明でほぼ無味無臭でした。
なお、大浴場は男性しか利用できません。フロントの左手には個室風呂がずらりと並んでいます。男性も利用できますが、女性が利用できるのは個室風呂のみです。女性の読者には申し訳ありませんが、イスラム教徒が大半を占めるアルジェリアで、女性が人前で肌を見せて入浴するのはありえないとの話でした。このほか、1km南に、温泉を備えた療養施設のハマム・シェレラがあり、医師の指導のもとで、日帰り入浴ができるとの話でした。
アルジェリア滞在中はアルジェリア料理も楽しみました。
フランスの植民地だった影響でしょうか。アルジェリア料理はとてもおいしかったです。ほんの数日の食事でしたが、昼食や夕食はだいたい次のようなスタイルでした。席に着くと、まずフランスパンとスターターが提供されます。スターターとはサラダか温野菜、ご飯かピラフなどを組み合わせた前菜盛り合わせです。店によってはチーズやフライドポテトなどものっています。
ご飯はサラダの一種とみなされているようですが、どこの店でも提供されるので、日本人にはありがたく感じられました。あとはメイン料理を注文するのですが、肉料理の場合、「チキンかミートか?」と尋ねられます。「ミートとは何の肉か?」と尋ねても「ミートはミートだ」と要領を得ません。まるでコントのようなやり取りを重ねたあと、どの店でも「ミートは羊肉」を指すとわかりました。
今回、せっかくなので温泉のあるホテルに宿泊したいと思い、事前に旅行会社へ相談すると、「今まで日本人に紹介したことがなく、ホテルの状況などもわからない」と戸惑われました。「そこを何とか」とお願いし、メスクチーヌから車で40分のハマム・ウレードアリ(Hammâm Ouled Ali)の温泉ホテルに宿泊しました。詳細はこちらのブログをご参照いただければと思いますが、施設はシンプルなものの、40℃以上の熱めの湯に浸かれる温泉宿で、マニアとしては大満足でした。
アフリカと聞いて温泉をイメージする人は少ないと思いますが、ほとんどの国で温泉が湧いています。特に、エジプトからモロッコに至る地中海沿いと、エチオピアから南アフリカに至る東海岸沿いには魅力的な温泉が多いので、また紹介したいと思います。
アラビア語からの音訳なので、Hammam Meskhoutineのアルファベット綴りには様々なものがあります。なお、町の名前はハマム・デバーグ(デバッホ)Hammam Debaghで、温泉のある一帯がハマム・メスクチーヌ、アルジェリア国内で広く知られた複合温泉施設がハマム・シェレラHammam Chellalaです。これらはウェブ上で混用されている場合があります。
温泉名 | URL |
Hammam Meskhoutine | https://www.wondermondo.com/hammam-meskhoutine-hammam-meskoutine/ |