• Facebook でシェア
  • X でシェア
  • LINE でシェア

店を閉めてインドを旅するカレー店「砂の岬」。好きなことを極めて確立した旅のスタイルとは【旅の哲学vol.1】

地球の歩き方編集室

地球の歩き方編集室

更新日
2025年3月10日
公開日
2025年4月11日
緑の蔦に覆われた「砂の岬」。店の外観がすでにアイコンとなっている

そのお店は東京の世田谷区、閑静な住宅地として知られる桜新町にある。駅から歩くこと5分ほど、突然現れるのは、街並みに不釣り合いな蔦の絡まった小さな一軒家。ここが「砂の岬」だ。店構えからしてすでに独特な雰囲気があるが、扉を開けて中に入れば美しきインドの世界に迷い込んだような気分になるだろう。さらに、メニューには他の店でほとんど見ることのないマニアックな料理が並ぶ。味は本場インドさながら、というか本場よりもおいしいくらいだ。このお店は基本的に週4日しか営業していないのだが、加えて年に一度、1ヵ月ほどお店を閉めてインドへ旅に出てしまう。現代の寓話のようなこのカレー店の秘密を、店主の鈴木克明さんと有紀さんのおふたりにうかがってみた。

AD

インドの旅の記憶を料理に落とし込む

――初めてインドを訪れたのはいつですか?

2005年、27歳の頃ですね。当時、僕(鈴木克明さん)は無国籍料理のカフェでキッチンを担当していました。その時にホールを担当していたのが、今の妻(鈴木有紀さん)です。それまでも時々海外を旅していて、現地で食べた料理を参考にしてカフェでのメニューを作っていたんです。そして、次第にスパイスを使った料理に興味が湧き、インドへ行ってみたいと思うようになりました。

初めてのインドは、ムンバイとゴアをめぐる1週間ほどの短い旅です。当時はまだ今ほどインターネットに情報が出ていない時代でした。もちろん『地球の歩き方 インド』もかばんに入れて行きましたよ。でも、タクシーでボラれたりとか、今考えたら大したことないんですがそういうトラブルが続くことにめげちゃって。最後はホテルから出られなくなりました。そして、部屋でひとり『印度放浪』を読んでいたんです。それがスッと心に入ってきたんですよ。「思い描いていたおいしい料理も見つからず、今回は負けたけど、もう一度インドに戻ってこよう」と、気持ちを新たにしました。

列車の旅も大好きだというふたり。時間はかかるけれど、インドの旅の楽しさが詰まっている

――そして、再び料理を食べ歩くインドの旅へ出たんですね?

帰国してから、渡辺玲(あきら)さんの料理教室に通うようになり、本格的にインド料理に興味をもち始めました。そして、再度インドへ行く決心をしました。2007年、勤めていたカフェも辞め、いつ日本に帰ってくるかも決めず、片道切符だけを持ってインドへ。結局1年弱かけて、インド、パキスタン、ネパール、チベット、スリランカとインド亜大陸をまわりました。お金は料理にだけかけると決めていて、ひたすら食べ歩きました。ときには味を覚えるために1週間も同じ店に通ったり、厨房に入れてもらったりもしながら。この頃から旅の出来事や食べた料理をすべてノートに付けていて、これが自分の料理のネタ元でもあります。
だから「砂の岬」の料理には、旅の要素が詰まっているんです。

豊かな食材とスパイスを使った南インドのチェティナード料理

――いよいよお店をオープンですね?

2009年に最初はキッチンカーで移動販売を始めました。その後、2010年にはテイクアウト専門の店を出し、2011年からは自分たちの手で今の店を作って。当時、僕が32歳、有紀さんが27歳。お金はないので、貯金や生命保険を崩して工面しました。さらに家賃の安いアパートに引っ越し、ギリギリの生活で。今考えたらめちゃくちゃなんですが、無知だから始められたんだと思います(笑)。

オープン後はありがたいことに、店の客足は途絶えず増えていき、休みなく仕込みをする日々が続きました。夢であった自分の店にたくさんのお客さんが足を運んでくれるのはとても嬉しいことで、同時に刺激と緊張感がある営業は僕たちにとっては戦いのような日々でもあったんです。オープンして数ヵ月が経ち、常に全力でフル稼働し、味もマンネリ化してきたことを感じ、ここは一度しっかりと心と体を休めようということで、日本を離れインドへ行くことにしました。

路上のチャイ店やコーヒー店、どんなお店もアイディアの源となる

――意識的に余白を作るためにインドへ渡ったのですね?

それから1年に数回、2週間~1ヵ月ほど、店を閉めてインドへ行くようになりました。インドに行くことが店のためになると、自分たちのなかで答えが出ていたからです。

料理はもちろん、内装や食器を含め、店の空間すべてを作り込むのは本当に大変で。
たとえば、うちの店は客席からキッチンの中が少しだけ見える作りになっているのですが、現地さながらの雰囲気を出せるように調理道具や食器、スパイスを配置し、食材の包装紙や段ボールなどはお客さんから見えないようにしています。夢を壊してしまうようなものはひとつも目に入らないように。
ほかにも、自分たちがインドで出合った風景、目に焼き付けたあのキッチンを再現したいという思いから、インドの商店の小物やアンティークなどを持ち帰りディスプレイしています。
今はムンバイのイラニカフェのモーニングやランチを出していますが、期間限定で各地の郷土料理も提供しています。インドで探し当てた宝物のような料理を日本で再現するには、120%の力で望まなければならなりません。だから、時々廃人のようになってしまうんですよ(笑)。理想を追いかけて仕事をしていれば、ときに行き詰まる時もあります。そんなときがインドへ行くタイミングだと思うんです。

インドに行くと、それまで日本でやっていたことを一度ゼロに戻すことができるんです。メニューはもちろん、食器やカップを変えたり、提供の仕方を一から作り直したり。いろんなアイディアが湧いてきて、店の方向性も仕事の進め方も変えていける。
長く日本にいると本物のインドの記憶が薄れてしまうので、なるべく時間を空けずにインドに行きたいと思っています。
理想をどこまで追いかけるのか、どこまで実現できるのか、常に悩み進化を続けたいですね。

日本のシェフがやってきた!と地元の新聞に取り上げられたことも

――今現在のお店や旅のスタイルは?

先日もご来店いただいたご夫妻とお話をしていると、40年前に仕事でインドに住まれていたと。当時のことを最近のことのように話してくださり、心からインドが好きで大事にされていることが伝わってきて。インドの旅の素晴らしさを共感することは年齢に関係なく、日本のお店のなかでもご縁があり繋がっていけるのだと感じました。
砂の岬はカレー屋ではあるんですが、根本にあるのは旅の景色なんです。

今、僕らにはふたりの子どもがいて、一緒にインドを旅しています。最初は神経質になって、オムツからパンやミルク、水まで全部スーツケースに詰めて持って行っていたんですが、最近はそこまでやらなくても大丈夫なんだなとわかってきました。それに、インドの人はみんな子供を可愛がってくれます。
自分たちの旅のスタイルは、明日の予定がわからないんですよ。1泊するのか2泊するのか、それとも次の町に移動するのか……。気になる料理があると学ぶために入ったらもう少し滞在してみようか、とか。子どもふたりと一緒ですが、この旅のスタイルはずっと変わっていません。

――「これからインドへ行く」「お店を始めたい」という若い人たちにアドバイスするとしたら?

インドへ行くきっかけは、ひとり旅でも、ツアーでも、家族旅行でもいいと思うんです。その時、誰とどの期間行くのかで、インドの見え方も違ってくるので。
ただ旅として行くのなら、なるべく長く行って、現地になじみ、便利でない田舎へ足を延ばしてほしいですね。あまり計画も立てないほうがいいんじゃないでしょうか。計画を立てすぎると、自分の頭で想像したことの確認作業になってしまう気がして。トラブルには遭わないかもしれませんが、面白い出来事にも出合えないと思います。インドは自分で想像できない出来事が起きるくらいがちょうどいいと思います。失敗しても大丈夫。その時はダメでもあきらめずにもう一度行くくらいの気持ちでいいんじゃないでしょうか。

そして、自分にとっての「好き」というものを見つけてほしいと思います。同時に「嫌い」というものを知ることでもあるんですが、これによって自分で選ぶ力が育まれていく気がしています。
店で働いてくれているスタッフの人たちには、お店を開くことも旅に出ることも一緒ですがタイミングが大切だとも伝えています。何かを始めるには勢いが必要で、お金や生活スタイルを心配していたら時期を逃してしまうと思うんです。

しっかり事業計画を立てて、資金のことを心配していたら、夢はずっと先延ばしになってしてしまう。僕らはスタートが15年前、若くて勢いがあったときだからから挑戦できたんですね。そういうタイミングがあるんだと思います。今だからこそ発揮できるパワーを生かして、直感に従って行動して欲しいですね。

バナナの葉の上に載せられた料理の数々。みんなインドの旅で探してきたもの

砂の岬 SUNA NO MISAKI

住所
東京都世田谷区新町2-6-14
電話番号
080-4248-7720
営業時間
水・木・金・土曜 morning 9:00~、lunch 10:30~15:30、cafe14:30~16:30
公式サイト
www.sunanomisaki.com
Instagram
@sunanomisaki.india(*営業日・営業時間など最新情報はInstagramをチェック)
トップへ戻る

TOP