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サローム(こんにちは)!
今年1月、日本とウズベキスタン双方のサッカー界にとって非常に嬉しいニュースが飛び込んできました。JFA(日本サッカー協会)からウズベキスタンに指導者が派遣され、ウズベキスタン女子代表の監督とコーチに就任するというのです。しかもその方は、日本サッカー指導者の最高ランクであるS級コーチライセンスを女性として初めて取得され、宮間あや選手や横山久美選手をはじめ数多くのなでしこジャパンの選手たちを育成してきた本田美登里監督と、岡山湯郷BelleやAC長野パルセイロで本田監督と長年タッグを組んで指導されてきた堤喬也GKコーチ! 日本で多くの実績を残してこられたこのお2人の招へいは、現在国を挙げて男女双方のサッカー強化に取り組んでいるウズベキスタンの本気度が伺えるものでした。
以前の記事でも紹介したように、サッカーが好きでこの国でも度々サッカー観戦を楽しんでいる私。ご機会があればぜひこのお2人にお会いできれば…と思っていましたが、ご縁があってお目にかかることになり、何ととんとん拍子に話が進みこの代表チームのボランティア通訳スタッフを務めることになりました(他にウズベク人の正規通訳スタッフも所属)。とはいえちゃんとしたチーム通訳が務まるほどの語学力はまだなく、聞き慣れないウズベク語サッカー用語に悩まされることもしょっちゅうで、いないよりはマシ程度のへっぽこ通訳だと思っていますが…。
とにかくこの数か月間、代表チームの活動に微力ながら関わることができるという、この上なく貴重な経験をさせていただいておりました。今回の記事ではその代表チームの活動紹介と、本田監督と堤GKコーチのミニインタビューをお送りしましょう。
まずはウズベキスタン女子サッカーのレベルについて。女子サッカーに詳しい方でも、ウズベキスタンはどれくらい強いのかご存じの方はなかなかいらっしゃらないのでは? 各国の強さを知るのに最もよく使われる指標であるFIFA(国際サッカー連盟)の女子ランキングによると、2022年10月現在ウズベキスタンは世界で47位。アジア内に限ると9位に位置しています。
本田監督がウズベキスタンサッカー協会から課せられたミッションは2024年のパリ五輪出場。ウズベキスタンは男子、女子ともメジャーな国際大会の出場経験がなく、今回出場となれば男女通じて独立以来サッカー界初の快挙となります。しかしながらパリ五輪のアジアからの出場枠はたった2で、これを日本や韓国、中国、オーストラリアなどの並み居る強豪とともに争うこととなります。達成するには果てしなく難しい目標ですが、もし成し遂げられればタシケント市内に本田監督の銅像が立つかもしれません。
現在ウズベキスタンの国内女子リーグは2部構成で、1部には10クラブが所属しています(パフタコールやブニョドコルなど、既存の男子チームがあるクラブがほとんど)。代表選手はほぼこれらのクラブから選ばれますが、トルコなどでプレーする国外組の選手もいます。
本田監督・堤GKコーチの就任後、代表チームはアメリカとトルコで強化合宿・トレーニングマッチを行い経験を積んできました。そして迎えた今年初の公式戦は、7月にタジキスタンで行われたCAFA(中央アジアサッカー協会)女子選手権。ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、イランが参加する地域大会ですが、この中でのレベルはウズベキスタンがダントツに高く、優勝が義務付けられた大会でした。
私はこの大会の1か月前から代表活動に参加し、大会直前の国内合宿に帯同していました。確かに日本の選手たちと比べるとレベルはまだまだで、特にしっかり止める、蹴るという基本のボール扱いについて本田監督が厳しく指摘していたのが印象的でした。しかし選手たちは本田監督と堤GKコーチを信頼し、その指導にしっかりと耳を傾けプレーしようとしていました。私はこの時主にゴールキーパー練習の通訳にあたっていましたが、今まではキーパーのトレーニングと言えばシュート練習だけだったのに、堤コーチの練習は試合中のあらゆる場面を想定したものでバリエーションが多く、自分で考える力が身につくんです…とキーパーたちが話してくれたのを覚えています。
そして本番のCAFA女子選手権。私はスタッフとしての帯同はできませんでしたが、せめて直接彼女たちを応援しなければ…と、弾丸日程で現地に向かい優勝決定戦のイラン戦を観戦。圧倒的に試合を支配するのになかなか点を決めきれない中、終了5分前に唯一のゴールが決まるという劇的展開で1-0で勝利し、見事優勝を果たしたのでした! ゴールの瞬間は選手・スタッフほぼ全員がベンチから飛び出して喜びを爆発させ、チームの結束の強さを感じさせてくれました。
次の代表チームの活動は、何と日本での強化合宿。しかも私の一時帰国と日程が被ったため再びチームに帯同することになり、彼女たちと日本での再会を果たしたのでした。
このときは国内を転々と移動し、WEリーグの強豪クラブなどとトレーニングマッチ。日本女子サッカーのレベルの高さを実際に感じてもらいたいという本田監督の目論見通り、彼女たちにとって非常に有意義な遠征になったようでした。サッカー施設の充実ぶりや清潔さ、スタッフの働きぶり、ウズベキスタンではまだほとんど浸透していないアジリティトレーニングやボディケアの大切さなど、試合以外でも日本サッカーのありとあらゆることに衝撃と感銘を受けまくったよう。選手・スタッフともにぜひ学んだことをウズベキスタンに持ち帰り、自分やチームの実力アップ、さらにはウズベキスタン女子サッカーの底上げに繋げてほしいものです。
指導者人生初めての海外というウズベキスタンでの指導も1年になろうとしている、本田監督と堤コーチ。大変恐縮ながらこの度ミニインタビューに応じて下さり、生活面やこの国ならではの女子サッカー事情など、さまざまなことをお聞かせいただきました。
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伊藤:まずはこの国のサッカー以外の面についてお伺いしたいと思います。オファーを受けられる前はウズベキスタンという国になかなかなじみがなかったかと思いますが、この国に来る前のイメージといらっしゃった後の印象を教えてください。
本田監督:ウズベキスタンという国は自分の中でどんな国なのか全くイメージがありませんでした。オファーを受けてからガイドブックなどで調べるしかありませんでした…。しかし一度来てみると、思っていたより生活しやすい国だと感じました。印象的なのはアジアともヨーロッパとも異なるこの国独特の雰囲気で、人種的にもさまざまな民族が住んでいて多国籍感がありますね。
堤コーチ:寒い国だと聞いていたのですが実際はそれほどでもなく、ここに来る前に住んでいた長野の方が寒かったです(笑)。また何もない国だとも聞いていましたが、物は意外と何でも揃いました。
伊藤:好きなウズベク料理はありますか?
本田監督:うどんと同じ感覚で食べられるラグマンが美味しいですね! 特にスープに入っているタイプのラグマンが好きです。
堤コーチ:私もラグマンが好きですね。
本田監督:冬の時期に食べるアツアツのシャシリクもいいですね。
堤コーチ:アツアツと言えばサモサもですね! 特にタシケントの合宿所近くのサモサ屋は本当に美味しく、毎回食べに行ってしまいます。
伊藤:今までどこか観光などは?
堤コーチ:タシケント市内ならイスラム建築がきれいなハスティマム広場。あとナヴォイ劇場、日本人墓地にも行きました。タシケント以外だと旅行に立ち寄ったのはサマルカンド。本当にきれいな町でした! 今度ヒヴァなど砂漠の町に行ってみたいです。
本田監督:でもヒヴァはタシケントからだと電車だと一晩かかるみたいで…。きつそうなので行くなら飛行機がいいですね(笑)
伊藤:ウズベキスタンのサッカー事情やご指導についてお伺いします。この国において女子サッカーとはどんな立ち位置にあると感じますか? 日本との違いは?
本田監督:この国は家庭の価値観が日本とは異なると感じますが、女子サッカーも例外ではなく、選手の周りの反応といえばいつまでサッカーしてるの? 早く結婚しなさい、と。家族や彼氏などが選手をもっと応援してくれたらいいのですが、まだまだこんな反応が多いようです。また国内リーグの試合は観客が少なく(※統計によると観客数が2ケタ台の試合がほとんど)、大勢のお客さんの前でプレーできないのがもったいないですね。
伊藤:日本の選手と比べたウズベク人選手の長所や短所は?
堤コーチ:ウズベク人選手の強みはとにかくパワーです。
本田監督:日本人選手にはない高さとパワーがありますね。ただプレー中に考える能力や駆け引きについてはまだまだの選手が多く、もっと頭を生かしてプレーできればと思ってしまいます…。「頭でスポーツする」という概念がまだ根付いていないのかもしれません。身体能力が足りない分を賢くプレーして補う日本選手と真逆にあるといえます。
伊藤:1月の就任後数多くの選手を指導されてきたと思いますが、何か印象に残った選手とのエピソードがあれば教えてください!
本田監督:4月のアメリカ遠征で、アメリカ代表と2度対戦した時のことです。アメリカは世界の強豪でウズベキスタンとは全くレベルが違うはずなのに、ウズベキスタンの選手たちは自分たちが勝てると本気で思っていたんです。結果、2試合合計1-18と完全に鼻を折られて。井の中の蛙だった選手たちはあの試合でいろんな意味で衝撃を受け、初めて世界を知ったと思います。そこから彼女たちの意識が少しずつ変わり始めました。
堤コーチ:2月のトルコ遠征から帰ってきてすぐ、代表正キーパーが私結婚するんでサッカー辞めますと。おいおいおいと思ってたら、今度は第2キーパーが前十字靭帯の断裂が判明したので1年間休みますと。大変なことになってしまった…と思ったら、何だかんだ2人ともすぐに復帰してくれました。正キーパーの子は結婚話が無くなったのかどうかわかりませんが、でもやっぱり皆サッカーが好きでプレーしたくてしょうがないんでしょうね。
伊藤:私が練習に参加して驚いたことの一つが、お2人とも時々ウズベク語で指導されていることです。しかも私の知らない間に、練習で使うウズベク語フレーズの種類がどんどん増えていて、通訳要らないんじゃないかと思うほどです(笑) どうやって覚えているのですか?
本田監督:ウズベク人の正規通訳スタッフに聞きながら、最低限のフレーズを覚えています。彼女は根気よく教えてくれるのでとても助かります。よく使うフレーズは止めろ、パススピードを上げろ、正確に、丁寧に、などですね。
堤コーチ:本田さんの方が自分よりよくウズベク語を使っていますよね(笑)
伊藤:お2人は海外でのご指導は初経験とのことですが、選手との接し方、指導方法について海外だからこそ心がけていることはありますか? 日本でのご指導と変わらない点はありますか?
本田監督:日本と変わらずプレイヤーズファースト、つまり選手に対して誠実に向き合うという姿勢を心がけています。
堤コーチ:キーパーの身体能力によってトレーニングを変えようと思っていたのですが、こちらの選手の身体能力は日本人選手より優れているので男子選手の練習と同じ感覚で指導しています。あと勘がいい選手が多く、日本ほど細かく指導しなくてもこちらの言わんとすることを分かってくれることが多いですね。
伊藤:それでは、今後の目標について教えてください!
本田監督:まずはやはりこちらのサッカー協会からミッションとして課せられたパリオリンピック出場です。現状出場できる可能性はゼロに等しいかもしれませんが、これから10%、20%と可能性をどんどん上げていきたいです。
堤コーチ:幸い就任時に優秀なキーパーに出会い、一緒に戦ってきましたが、この国全体のキーパーのレベルをどんどん高めていきたいですね。
本田監督:あと、ウズベキスタン女子サッカーの礎を築く、、と言えば大げさですが、この国に女子サッカーが根付くためのいいスタートが切れれば、と思っています。女子サッカーでは2011年のなでしこジャパンのワールドカップ優勝がいい例ですが、男女関係なく、何か一つでも大きな成果があれば注目も浴びますし、人気も出ますからね。
伊藤:貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました!
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今後のウズベキスタン女子代表の活動ですが、来月はハンガリー遠征を予定しているそうで、来年からはついにパリ五輪アジア予選がスタートします。私はボランティア通訳スタッフとしてチームに関わるのは9月の日本遠征が最後となりましたが、オリンピック出場というとてつもなく厳しいミッションに挑む本田監督と堤コーチ、そして選手たちを、これからは一ファンとして応援し続けたいと思います。
それではコルシュグンチャ・ハイル(また会う日まで)!