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さて、春ごとに咲くとて、桜をよろしう思ふ人やはある。(筆者訳:毎年の春に咲くからといって、桜の花なんてたいしたことないわ、と思う人なんているかしら。いないわよね。『枕草子』36段)
かの平安の御代、清少納言の時代にも、桜は春になったら咲くものでありながら、いつも人々の心を引きつける花でした。
幸い、このベイエリアでも春になると見事な桜をあちらこちらで見かけることができます。
筆者がここ数年楽しみにしているのは、筆者自宅近所に植えられている160センチほどの背丈の桜。
そして、ちょっと15分くらい歩いたところにあるちょっと大きめの桜。
近隣のスーパーの駐車場エリアにある桜や、車で遠出をしたときに見かける桜等、至るところに桜を見かけると、やはり心がほっこりとしてきます。も
車を運転していて、「あら、こんなところにも!」と桜を見かけると本当に嬉しくなります。
サンノゼからロスガトスに繫がるBlossom Hill Roadの界隈にも、桜の木を多々見かけます。
そして、ロスガトスの公立図書館付近にも、とても立派な桜が咲いています。
去年、友人主催のお花見茶会にお誘いいただき、初めてその素敵な桜に心を奪われました。
今年も、その友人に誘われて、お花見茶会を楽しんできました。
とても素敵な桜の木でしょう?
この桜の木からちょっと離れたところに野外テーブルや椅子が設置されているので、そこで用意したお菓子やお茶をいただきながら、春の一日を楽しむことができました。
主催してくださった友人に、感謝ばかりです。
桜の木の開花状況は、サンノゼ市内、ロスガトス市内でも様々です。
このように、場所によって開花状況が全く違います。
新緑の緑と淡い桜色がともに楽しめる八重桜は、サンノゼでは、4月末頃から見頃になっていきます。今日も、出先で綺麗に咲き誇っている八重桜をとても眩しく眺めてきました。
5月初めでもまだまだ咲いているはずですから、今年の桜を見逃したかも、という方も諦めずに探してみてくださいね。
最後に、冒頭でご紹介した『枕草子』の一節にある「よろし」ですが、この「よろし」は、「普通だ。ありふれている。たいしたことはない。」という意味だそうです。そして、「思う人」に続く「やは」は、反語表現になります。ですから、「桜をよろしう思ふ人やはある」を冒頭では「桜をありふれたものと思う人はあるだろうか、いや、いまい」の女性のコメント調の現代語訳にしてみました。「よろしう」には現代語と同義の「素晴らしい、好ましい。」という意味もあるので、困っちゃいますよね。
さて、清少納言、この桜の一文の前に、女房たちが5月の節句に菖蒲をあしらえていく様を褒めた記述をしています。彼女は、その様子を珍しい行事ではないけれども風情がある、と評しています。いつものおなじみの風景であっても素晴らしい、という行事を褒めた後に桜をその支持例として言及しているので、桜の花も毎年咲くのはおなじみであるけれども、それがつまらない、どうでもいいと思う人なんているかしら、いないわよね、という解釈に繋がりました。