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サローム(こんにちは)!
つい先日、我々ウズベキスタン在住邦人にとって注目すべきサッカーの試合がタシケントで行われました。それがパリ五輪女子サッカー2次予選グループC第2戦、ウズベキスタンvs日本戦。アジアでのランクは10位ほどとまだまだ発展途上にあり、強豪国との試合経験が少ないウズベキスタン女子代表にとっては、アジア最強といってもいいなでしこジャパンの胸を借りる絶好の機会になりました。
この試合で注目すべきことはそれだけではありません。以前執筆したこの記事(75. 目指せパリ五輪!本田監督率いるサッカーウズベキスタン女子代表 活動紹介&監督インタビュー)の通り、ウズベキスタンを率いるのは日本人女子サッカー指導者界では名高い名将、本田美登里監督。去年1月に就任したウズベキスタン女子代表が初の海外監督経験になる本田監督にとって、母国日本との対戦はこれが初めてになります。私は去年数か月ほどこの女子代表チームで本田監督と堤GKコーチのボランティア通訳スタッフを務めていたことがあり、チームを離れた今でもしっかり応援しています。日本と対戦することが決まった瞬間は興奮で震えが止まりませんでした。ちょうど日本戦が日曜日とかぶったこともあり、今住んでいるサマルカンドから観戦に駆け付けることに。
しかしウズベキスタンとなでしこジャパン、どっちを応援すればいいのだろうか…と一瞬だけ悩みましたが、ウズベキスタン応援してよね!と本田監督が直々におっしゃってくれ、非国民上等でウズベキスタン女子を全力応援することを決意。やはり多大な思い入れがあるチームを、母国と対戦するからといって見捨てるわけにはいきませんでした。何かの機会で買ったウズベキスタン国旗も持って行きましたが、もし変な日本人(私のことです)がこの国旗を振っているのがテレビ中継に映ったら大炎上するのでは…とちょっと心配。
さて、パリ五輪女子サッカーへのアジアからの出場枠はたったの2つ。日本もうかうかしていれば出場を逃すかもしれない狭き枠で、ウズベキスタンは並み居るアジアの強豪国に割って入らなければいけません。いくら本田監督のもとでメキメキ力をつけているというチームとはいえ、達成するには奇跡に近いミッションに思えました。しかしサッカーとは何が起こるか分からないスポーツ。五輪出場の道が絶たれるまで応援し続けなければいけません。
しかも3日前に行われた2次予選の第1戦では、FIFAランキングで17位も上の格上ベトナムに1-0で会心の勝利。今回の予選形式は、12か国が3グループに分かれ、各組1位に加え2位のうち成績最上位の1か国が4か国で争われる最終予選に進出するというもの。日本、ウズベキスタン、ベトナム、インドが同居したこのグループは、レベルがダントツに高い日本が1位になることがほぼ確定しているようなもので、ウズベキスタンは2位での勝ち抜けを目指すのが現実的でした。そのためにはベトナム戦の勝利は最低限のノルマで、その上で日本に大敗しないことが必要。今日の試合はウズベキスタン女子代表史上最も厳しい戦いになるかもしれませんが、何とか粘れますように…と願いながらスタジアムへ向かいます。
スタジアムはVIPエリアを除くと無料開放。ウズベキスタン側のベンチ裏に向かうと、トレーニング中の選手やスタッフたちが手を振ってくれました。数か月だけ一緒に仕事させてもらっただけのへっぽこ通訳でしたが、皆自分のことを覚えていてくれて本当に何より。
女子サッカーの認知度はまだまだ低いウズベキスタン。私も周囲の知人たちに女子サッカーの話をするたび、女性がサッカーしてるなんて知らなかった!といわれます。それゆえこのウズベキスタン側ベンチ裏の席は果たして何人ファンが来るのか…と心配していましたが、選手たちのチームメイトが応援に駆け付け、スポンサー関係や監督・コーチの関係者などの日本人もこのエリアにやってきました。
さらに驚くべきことは、バックスタンドがウズベク人ファンでどんどん埋まりつつあることでした。前回観戦した1次予選の試合では観客が100人ほどしかおらず、正直この試合は日本人ファンの方が多いのでは…と思っていましたが、これはいい雰囲気になりそうです。
日本ファンも熱意では負けてはいません。日本ベンチ側の裏のエリアにいたのは、在住邦人30名ほどや日本から来た熱心なサポーター3人、私がサマルカンドでお会いしてお誘いした旅行者の方などなど。ウズベキスタンとの試合でなければ自分もこっちでワイワイ応援したのに…と、後ろ髪を引かれる思いで自分の席に戻ります。
そしてキックオフ。日本は予想通り攻撃も守備もレベルが高く、開始直後からウズベキスタンゴールに襲い掛かります。ただ開始2分でウズベキスタンも反撃。中央突破からゴールに迫りますが、キーパーをかわして放ったシュートは惜しくもサイドネットへ。
しかし日本が徐々に地力の差を見せつけ始めると、10分にはコーナーキックから頭で押し込み先制。15分にも追加点を挙げ、ウズベキスタンは一気に窮地に陥ります。せめて前半は無失点で終えてほしかった、果たして何点取られるのやら…。
中継やニュースをご覧になった方は、ここからの驚愕の展開をご存じでしょう。日本は圧倒的にボールを保持するものの、まるで攻撃を放棄したかのようにシュートを全く放とうとせず、ウズベキスタン陣内で様子を伺うのみ。結果的にはこの状況が試合終了まで続く、何とも異様な試合になったのです。
私を含む観客たちの戸惑いが、どんどん会場のブニョドコルスタジアムを覆っていきます。まともに勝負すれば2桁得点もできそうなレベル差なのに、どうして点を取らないのか。日本人監督同士ということで何か忖度でもしているのか…。そしてハーフタイムを迎え、これは最終予選の相手を見据えた戦い方をしているのでは…と同じエリアにいた日本人が教えてくれたのでした。詳しく説明すると長くなるので省きますが、次のステージとなる最終予選は、4か国が2組に分かれホームアンドアウェーで戦い、勝者がオリンピックに出場できる一騎打ちの方式。組み合わせはすでに発表されており、ウズベキスタンがこのグループ2位として最終予選に進出すると、日本は同じくアジア最強国のオーストラリアと当たらなくて済むことになるのです。ウズベキスタンの得失点差ダメージを少なくし、2位のうち成績最上位になるよう誘導してくれている…。大雑把にいうと、今日のなでしこジャパンはそのような戦い方をしていたのでした。
後半も同じようにボールを回される展開が続きます。けなげにトランペットで応援し、ウズベキスタンの選手が少しでもボールを奪おうとすると一気に湧いていたスタンドですが、この試合の結末を悟ったウズベク人ファンたちはどんどん帰り始め、気づけばその数は試合開始時の半分以下になっていました。
後半20分ごろ、自分のいるウズベキスタン側ベンチ裏スタンドの最前列で熱心に応援していたおじ様が突如叫び始めました。その手元にはノートが。どうやらこの前代未聞の試合展開に耐えかね、自作の詩を朗読することにしたようです。何を言っているのかよく聞こえませんでしたが、決してネガティブなことを言っていたわけではないようで、朗読が終わると周りから拍手が巻き起こりました。
さらにバックスタンドから響くトランペットに合わせ、今度はダンスを踊り始めました。この試合最大の見所はこのおじ様の言動、といっても過言ではなかったでしょう。
サッカーファンならご存じでしょうが、2018年ワールドカップの日本対ポーランド戦では、日本がグループステージ突破に有利な状況を作るため、負けているのにもかかわらず残り10分間ほぼ自陣でパスしかせず試合を終えるということがありました。状況は異なりますがこれと似たような試合展開、しかも75分間もひたすらボールを回すという試合が生で見られるとは思いもしませんでした。終わってみればこの75分間でどちらのチームもシュートゼロ、ボール保持率は日本の91%というとんでもない統計が出たそうです。
しかしその中でもやはり日本選手たちが格段に上手いことは一目瞭然でした。何十本もパスを回し続けているのにパスもトラップも失敗せず、ウズベキスタン選手がボールを奪いに来てもひらりとかわします。いわゆるオフザボールの動きも徹底されており、誰かがボールを持つと必ず何人もの選手があらゆる動きを見せてパスを要求しに行きます。まるでウズベキスタンの選手にサッカーのお手本を見せているようでした。
スコアは最後まで動くはずもなく、2-0で終了。ウズベキスタンの選手たちが私たちのスタンドに向かってくると、さっきのおじ様が今度は大演説を披露。次のインド戦では5、6点ゴールに叩き込め!などと檄を飛ばし、選手たちは神妙な顔をして聞いていました。このような熱血ファンが出てきたことは、ウズベキスタン女子サッカー界にとって喜ばしいことのはずです。
そして、3日後に迎えたグループリーグ最終戦。ウズベキスタンは格下インドとの対戦ですが、この試合の勝利をまず前提として、ウズベキスタンが最終予選に行けるかどうかは30分前にキックオフした別グループの中国対韓国戦の結果に委ねられていました。もしこの試合で韓国が勝つと韓国がグループ2位として最終予選進出、中国が勝つとグループ2位同士のウズベキスタンと中国とで得失点差を比較して上回った方が最終予選進出(しかしウズベキスタンにとっては若干不利)、そして中国と韓国が引き分けに終わると無条件でウズベキスタンが最終予選進出。
終わってみれば最高の結果に終わり、中国対韓国は引き分け、ウズベキスタンはインドを3-0で下し、ウズベキスタン女子代表初の五輪最終予選進出が決定したのでした。完全に格上のはずの中国や韓国を差し置いてウズベキスタンが次のステージに行けるのは予選方式の妙ですが、それにしてもめでたいことです。
裏の試合がウズベキスタンにとってこれ以上ない結果になったという運と、なでしこジャパンのアシストが最大限に働いた形になりましたが、やはりまずはベトナムとインドを相手に2勝を挙げてこの幸運を手繰り寄せたウズベキスタンの選手たちを称えるべきでしょう。そしてもちろん、この約2年間選手を鍛え続けてきた本田監督と堤コーチの力がとてつもなく大きいということは言うまでもありません。
さらに平日のキックオフにもかかわらず、今回の試合も2000人弱の観客が入ったそう。この国で女子サッカーの存在感が徐々に大きくなってきているようで、嬉しい限りです。代表の強化だけではなく、ウズベキスタン女子サッカーのグラスルーツ(草の根)からの普及をも目指している監督にとっても、喜ばしいことに違いありません。
最終予選は来年2月、ウズベキスタンはオーストラリアと対戦。今の実力差だけで見れば100回やって1回勝てるかどうか、といったところかもしれませんが、「何か持ってる」このチームならもしかすると…という期待を抱かせてくれます。日本のサッカーファンの皆様、最終予選ではなでしこジャパンだけでなくぜひ異国で奮闘する日本人監督率いるウズベキスタン女子代表にも応援をお願いします!
それではコルシュグンチャ・ハイル(また会う日まで)!