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紀元前から続くイタリアの歴史。ミラノは、ロンバルディア州に流れるポー川の北側に住んでいたガリア人のインスブレス人によって紀元前400年頃に設立されました。
ミラノは近代的な都市ですが歴史を遡ると、かつてローマ帝国の主要都市だったのです。
ローマ帝国が東と西に分割され、ミラノは紀元前222年にローマ帝国の一部となり、長い間重要な中心地でした。
ミラノには、現在も街中を歩いているとローマ時代の古代遺跡に出合えるスポットがあります。
今回は、ふたつの無料で見れるローマ時代の古代遺跡をご紹介します。
ミラノの中心部、老舗ペストリーショップのマルケージ本店がある大通りから一歩中へ入った閑静なエリアに古代ローマ遺跡が残されています。
西暦286年に、皇帝マクシミアヌスが居住していたミラノのローマ帝国宮殿の遺跡です。皇帝マクシミアヌスは、ミラノを本拠地として西ローマ帝国の統治者となった人物。
ミラノが西ローマ帝国の首都だった時代に建てられ、かつては宮殿のほか、皇帝の浴場、戦車競技場を備えた広大な敷地でした。
現在残されているのは、柱を備えた基部、その周りに廊下や複数の部屋があることがわかります。
ローマ時代の遺跡が多く展示されている考古学博物館(Civic Archaeological Museum)からわずか数分の距離にあります。
野外にあり無料で見ることができるので近くへ行ったらぜひ立ち寄ってみてください。ローマ時代の遺跡が好きな人におすすめの場所です。
ローマ帝国宮殿の遺跡から、歩いて真っすぐ15分ほど歩くとポルタ・ティチネーゼ通りに繋がります。
大きな扇状アーチに入ると、サン・ロレンツォ・マッジョーレ大聖堂がある広場に到着します。ローマ時代の遺跡は、大聖堂の前にある16本の柱「サン・ロレンツォの円柱」です。
円柱の歴史は、2世紀~3世紀に遡るローマ時代。サンタ・マリア・ベル・トレード広場のエリアにあった異教寺院の建造物から4世紀頃、この場所へ移されたといわれています。
建設中のサン・ロレンツォ大聖堂を完成させるために、柱は現在の場所に運ばれました。
大理石でできた円柱は、高さ約7m半の16本の柱で、装飾のあるコリント式柱頭が印象的です。
広場が本当の見どころでもあり、夕方に人々が集まり、ミラノに住むミラネーゼの待ち合わせ場所としても人気のエリア。バーやレストランが並び、歩道に設置されたテーブル席でカクテルを飲みながら夜を過ごします。
ナヴィリ運河からも徒歩圏内なので、街を散策しながら行ける便利なスポットです。
今回ご紹介した遺跡は、町中にある遺跡なので時間を気にせず気軽に見ることができます。観光スポットがあるエリアなので、近くへ行ったらぜひ立ち寄ってみてください。
ロマンが詰まった長い歴史あるローマ帝国の遺跡から、ミラノの街を深掘りしましょう。