The Bar Convent
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ヘンリー8世による宗教改革以降、 1534年から1778年まで250年近くカソリック信仰を禁止したイギリス。特に重い刑罰とともに厳しく取り締まったのは、イングランド及びウエールズでした。
そんな時代にお上の目を欺き、密かにカソリック修道院を運営していた場所のひとつがバーコンヴェント(Bar Convent)。現存するうちでイギリス最古のカソリック修道院です!
バーコンヴェントが創設されたのは1686年。ヘンリー8世の宗教改革でカソリックが違法となり、弾圧されていた時代です。
しかし密かにカソリック信仰を守り続けた女性たちが、表向きは女子教育のための学校として運営。修道女たちは未亡人を装い、女学校の教師として活動しました。
ちゃんと女学校として機能しつつ、建物内部には隠し礼拝堂、司祭の隠し穴、数多くの逃走口など、摘発・処罰されないための工夫を随所にほどこした特殊な建物で、第1級指定建築に登録されています。
正面入り口から入ると、すぐ右手に無料展示の部屋。ジョージ王朝時代の居室を再現し、この修道院かつ女学校の立役者となった尼僧たちと、資金援助した地元のカソリック地主の肖像画が並びます。
さらに詳しく見学する場合は、受付にて入場券を購入。入場料金は一般£9.50、学生やシニアなど£7.50、小人(6歳~17歳)£2.00、6歳以下は無料、ファミリーチケット(大人2+小人2)は£20.00です。
弾圧時代は、日本の隠れキリシタン並みの受難だったカソリック教徒。展示品や解説から、いかにして彼らがカソリック信者であることを隠匿しつつ信仰を守ってきたかという知恵に驚かされます。
たとえば家庭でのお祈りに使われた小さな祭壇は、普段は扉を閉めて暖炉のマントルピースの上に飾るオーナメントに擬態。
また別のコーナーに展示された秘密の祭壇になるベッドのヘッドボードは、オーク材に美しい彫刻が施されてます。近隣のカソリック信者らが秘密裏に集まりミサを行うときは開いて祭壇とし、見張り番が役人や密告者などの気配を察したら、すぐベッドに戻して隠ぺい!
イングランド&ウエールズで特に厳しかったカソリック弾圧。ヨークシャー内だけでも、少なくとも64名もの司祭など中心的人物が捕らわれ処刑されました。
そんな時代に創設されたバーコンヴェントは、いったいどんな巧妙な方法でカトリック地下ネットワークの中心的存在となったのでしょうか?
表向きは、北イングランド初の女子学校。教師は民間の未亡人として振る舞い僧衣も着ず、内部ではカソリック信仰の拠点を支えた修道女たち。
また地元の隠れカソリック信者たち(なかには大地主など富裕層も)が支援し、まんまと役人を欺いたバーコンヴェントには、1760年代に増設された隠し礼拝堂もあります。
もちろん建物の外観からは分からないよう、この礼拝堂は学校の講堂に見えるよう設計。ステンドグラスなど使わず普通の窓でごまかし、内部は金箔の美しいドーム ながら外側は地味な灰色のスレート屋根で偽装。
また礼拝堂建設中は、同時に表通りに面した増築(入口すぐで見たジョージ王朝様式の居室)を行い、工事目的をカモフラージュしたという周到さ。建築申請の書類さえ偽造し、役所の目を見事に欺きました。
急襲時には即座に解散できるよう、8つの逃走口を設置。何かあったら蜘蛛の子を散らすように信者らは八方向に逃げ、司祭は床下の穴に隠れるよう用意周到です。
地元の裕福なカソリック家が資金援助し、信頼できる職人だけが内部装飾を担当し・・・と固く結ばれた、仲間ネットワークの結晶がこのチャペル。
つくづく感心するとともに、長崎の大浦天主堂併設の博物館で見た、隠れキリシタンの遺物を見たときの気持ちが甦ります。
仏教の観音像に偽装した聖母像(マリア観音像)や、仏具に偽装した手彫りの十字架など、信仰が彼らに与えた強靭な精神力に圧倒されたのは、ここバー・コンヴェントでも同じ。
出口に向かうと素敵なカフェもあるので、見学後はゆっくりお茶とケーキで休憩もどうぞ!