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高知遍路の続きになります。
国分寺の山門前には、次のお寺まで7㌔の標識がありました。約2時間弱で到着する予定です。
歩き始める前に薫風さわやかな空の下、高知名物帽子パンでお昼休憩にします。名前通り、丸い帽子の形をしているパンです。
この帽子パンが誕生したエピソードが面白いのです。
失敗は成功の基というか、昭和30年ごろメロンパンを作成中にビスケット生地をかけ忘れ、発酵後に生地をかけて焼いたところ、パンの周囲に生地が大きく広がり。ご覧のような帽子の形になったとか!
その後、パン生地や砂糖の配分などを試行錯誤し、現在の帽子パンにつながったといわれています。今では高知県内のスーパーでも買えるご当地パンとなっています。このツバの部分がサクサクッとした口当たりで美味しい!
こうやって、休憩している間に、第28番札所から同じ時間に巡礼していたお遍路さんに会釈をされながら追い越されていきます。言葉を交わすわけでもなく、同じ目的で同じ時間に歩いているだけで、なんとなく親近感が湧いてきます。
善楽寺へ行く遍路道も、どこまでも続くあぜ道をてくてくと歩きます。歩き遍路にとって、こんなお天気は天国です。
後ろからオートバイに乗った方がやってきて「お接待をさせてください。」とおっしゃられ、かち割り氷と塩飴や塩せんべいを詰めたおやつをいただきました。嬉しい!
でも、白衣、菅笠、金剛杖という装束でもないのになんでお遍路とわかったのでしょう?こんな畦道をあるくのはお遍路さんと学生さんしかいないのでしょうか?
とっても感激!
この先、どんどん気温が上がり汗もかいたので、このかち割り氷が大活躍しました。歩きながら頭や持参した飲み物を冷やしたり、溶けた水で手を洗ったり本当に助かりました。
帰って、高知から転勤してきた知人に話すと
「う~ん、高知人は知らない人同士でも気軽に挨拶しあうのが普通やき。岡山で知らん人に挨拶したら『ぎょっ!』っとされちや。岡山県民は警戒心が強いがや?」
警戒心…。以前、大阪に住んでいたことがありますが、大阪人と比べるとそうかもしれません。
田んぼのあぜ道から山道、山道を登り切るとトラックが往来する国道と様々な景色に出会えます。逢坂峠を降りて横道に入ると趣のある蔵が並ぶ住宅街がありました。
台風銀座と呼ばれる高知では、「水切り瓦」という壁に庇状に漆喰塗りの瓦を取り付けることによって吹き付ける豪雨から段階的に雨水を切ることができるそうです。用の美を兼ね備えた建築様式です。
住宅街を抜けたら土佐一宮神社がありました。善楽寺と隣接しているはずなのに神社と参道ばかりが目立ち、善楽寺の山門すら見当たらずウロウロしなんとか本堂を見つけました。
予定通り善楽寺で夕方5時近くになり、この日の参拝はここまでです。その日、抜きつ抜かれつしたお遍路さんたちとも自然に「お疲れさまでした。」と別れていきます。
土佐一宮神社の参道を抜けたら善楽寺の山門でした。
明治時代の廃仏毀釈の時代、歴史の波に翻弄されたお寺は日本中に沢山あり、再興が叶わなかったお寺もまた多かったのではないでしょうか。
この日は三箇寺をまわることができました。お遍路のまわり方は、歩き遍路、マイカー、バスツアー、ヘリコプター(納経はどうするのでしょう?)と色々あります。
中でも歩くことは、当地の人々や同じお遍路さんとも交わることも多く、より思い出深い体験になると思います。もちろん、天候に左右され予定通り進めないこともあり、とんでもないところで宿泊先を探さないといけないこともあります。(道中には、遍路道に野宿用の小屋があることもあります。)全ての人におススメとは言い難いのですが、興味を持っている方があれば、このような区切り打ちで一度、体験してみてはいかがでしょうか。