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こんにちは! カリフォルニア特派員のかんです。
茶の湯を嗜む方なら誰もが一度はその名を耳にし、憧れを抱く現存国宝三茶室のひとつ、犬山市に在る「如庵(じょあん)」。千利休の「待庵(たいあん)」、小堀遠州ゆかりの「密庵(みつあん)」と並び称されています。ところが、これらの二席が創建の地に留まってきた歴史と異なり、如庵は時代と運命の荒波に翻弄され、現在の愛知県犬山市「有楽苑(うらくえん)」へと辿り着くまで、3度の移築を経ています。
平素は外観のみが公開されていますが、如庵には、年に数回、事前申込制の内部特別見学会が設けられています。この9月、筆者は内部特別見学会に参加することができました。
今回は、如庵を作った織田有楽斎という稀代の茶人の生き様(実は東京の「有楽町」の語源でもあります!)、犬山城を借景とする庭園設計の妙、そして茶室内部の鑑賞ポイントを詳しくご紹介します。
如庵を語る上で欠かせないのが、その造り手である織田有楽斎(織田長益・おだながます)(1547〜1622年)の存在です。
さて、織田有楽斎とは、どのような人物だったのでしょうか?
①信長の実弟にして、激動の戦国を生き抜いた文化人
実は、織田有楽斎は、あの天下人・織田信長の実弟(13歳年下)として生まれました。織田信忠と共にいながら、本能寺の変を生き延びた後、豊臣秀吉の御伽衆となり、後に徳川家康にも仕えました。大坂冬の陣では豊臣方として講和交渉に奔走しながらも、夏の陣の直前に城を退去。あちらの陣営、こちらの陣営、と乱世に翻弄されながらも、生き抜いて天寿を全うした稀有な武将です。
②東京「有楽町」の地名の由来となった人物かも?
関ヶ原の戦いの後、家康から武蔵国などの所領を与えられた有楽斎は、江戸城数寄屋橋の御門周辺(現在の東京都千代田区有楽町周辺)に屋敷を構えたという説(江戸時代中期(1772年)の地理書『江戸砂子』説)があります。しかし、残念ながら実際に住んでいたという一次資料は報告されていません。
現在の有楽町は、パスポートセンターである交通会館や映画街、JR有楽町駅を擁し、東京駅や八重洲にも近い、東京の繁華街の一つとなっています。
③利休十哲のひとり、そして「有楽流」の開祖
千利休に茶を学び「利休十哲」に数えられました。晩年に隠棲した京都・建仁寺の塔頭「正伝院」にこの「如庵」を建てました。
庭園のどの小径を歩いていても、ふと視線を上げると木立の合間や苔の広がり越しに国宝・犬山城の天守が美しく顔を覗かせる借景の巧みさが見られます。これは「木立の合間からさりげなく天守が顔を覗かせる、奥ゆかしい見え方」をするよう、堀口捨己によって緻密に植栽や庭石が、城の見え隠れする美しさを計算して配置されているからだそうです。
建築家・堀口捨己(1895〜1984年)は、日本の近代建築史と数寄屋建築研究のパイオニアで、大正時代、東京帝国大学で学び、日本最初の近代建築運動「分離派建築会」を結成。モダニズム建築の旗手として出発しながら、日本の伝統建築、特に「利休の茶室」や「数寄屋造り」の美を近代建築の視点から学術的に解明した第一人者だそう。
茶室・庭園の世界的権威で、『利休の茶室』など数多くの名著を遺し、茶室建築の実測や庭園設計で数々の傑作を世に送り出されました。
その堀口博士は、有楽苑の移築・作庭にあたり、敷地の起伏を徹底的に測量。
如庵や旧正伝院書院のたたずまいを損なうことなく、園内の露地を歩く参観者の目線の高さを緻密に計算し、木々の枝ぶりや植栽の隙間を絶妙にコントロールすることで、「歩みを進めるごとに異なる角度から犬山城天守が姿を現す」という、空間体験を実現させたそうです。
さて、内部特別見学会は、チケットを販売している窓口に定時に集まるところから始まります。
1回あたりの定員は20名(完全予約制)で、内部の見学領域が狭いため、文化財の保護と、二畳半台目という極小空間の静けさを守るため、見学会は徹底した少人数・二班体制となっています。
その二班は、「如庵見学班」と「お茶班(庭園散策や弘庵での呈茶)」に案内係さんから指名され、その場で分かれます。
「如庵見学班」は、まず、旧正伝院書院(重要文化財)に向かい、書院の中で講話を伺います。織田有楽斎の生涯や如庵の移築の歴史についての解説です。
尚、書院の中でも、さらに、「如庵」の内部へ上がって説明を受けるA班と、書院に遺る狩野山楽や長谷川等伯の襖絵(今回は襖絵保護のため白紙の襖)と堀口捨己が監修した犬山城を借景とする庭園をじっくり拝観するB班に分かれます。
時間を空けて交代するため、誰の視界も遮られることなく贅沢に空間と向き合うころができます。
案内係さんによれば、数奇な運命にも関わらず人生と全うした有楽斎の如く、如庵は、有楽斎の死後、廃仏毀釈や戦争の危機に遭いながらも逃れ、3つの地へと移築されて、現代まで今の姿を伝えているそうです。その移築の歴史は次のようなものでした。
1618年(元和4年頃)創建:京都・建仁寺 正伝院
織田有楽斎により、京都・建仁寺の塔頭「正伝院」内に書院と共に建てられる。明治維新後の廃仏毀釈の波を受け、明治6年(1873年)に正伝院が移転した際、建物は祇園町の有志に一時払い下げられ保存された。
1908年(明治41年)移築①:東京・麻布の三井総領家本邸へ
三井家(三井総領家・北家第10代当主の三井高棟)の所有となり、東京・麻布今井町の本邸へ移築される。京都の数寄屋大工・4代平井竹次郎によって一度解体され、部材を車両に積んで東京へ運び、現地で再構築された。
尚、現在、日本橋に在る三井記念美術館内に、如庵の実物大の復元模型(部分)が展示されている。
1938年(昭和13年)移築②:神奈川・大磯の三井別邸「城山荘」へ
東京の空襲や都市化・震災の懸念から、三井高棟の別邸「城山荘(じょうざんそう)」へ移築される。移築の工事自体は1937年(昭和12年)頃から始まり、完了したのは1941年(昭和16年)頃とされている。ここで戦火を免れ、昭和26年(1951年)に新・文化財保護法に基づき、「国宝」に指定された。
1972年(昭和47年)移築③:愛知・犬山「有楽苑」へ(現在地)
織田家ゆかりの地である愛知県犬山市の「犬山城」麓へ。名建築家・堀口捨己博士の監修・指導のもと、厳密な調査に基づき、創建当時の姿で移築・復元された。(過去の移築で創建当時より一部に手が加えられていたとのこと)
なかなか感慨深いものがありますね。
さて、講話の後は、いよいよ如庵のお席に入らせていただきます。「狭い空間であっても、意匠の工夫によって、ゆとりと豊かな光、そして遊び心をもてなしに変える」という彼の美学が凝縮されていました。
もちろん、案内係さんが、すべてを丁寧にお話してくださいます。
① 「有楽窓(うらくまど)」が紡ぐ光のグラデーション
点前座の風炉先に設けられた、細い竹を隙間なくぎっしりと縦に並べて塗り残した連子窓を通称「有楽窓」と呼んでいます。室内に入って座ると、竹の隙間から差し込む外光が柔らかく拡散し、手元を優しく照らします。ときどき、光が虹色にも感じられました。
② 斜めの「中柱」と「袖壁」がつくる空間のゆとり
客座と点前座の間には、皮付きの丸太中柱と独特の袖壁が立てられています。壁を斜めに切り落とすことで、客からの視線を適度に遮りながらも手元の茶筅の動きを隠さず、二畳半台目という極小空間に驚くほどの立体感をもたらすそうです。
③ 暦貼り(こよみばり)の腰張り
前座や客座の壁腰には、使い古された過去の摺り暦(三島暦)を腰紙として貼った「暦貼り」が見られます。古紙の黒い墨跡や紙の経年変化が侘びた陰影を生み、有楽斎の自由闊達な数寄心が直に伝わってきますね、とのこと。
④ 鱗板(うろこいた)の巧みな納まり
床の脇、風炉先との境に三角形の板「鱗板」を嵌め込み、変形台目の間取りを機能的かつ美しく納めているとのこと。
たった二畳半のお席に、どれだけの心遣いがされているのか、ほぉっとするばかり。とても居心地のいい場所でした。
見学会の締めくくりは、苑内の茶室「弘庵」での呈茶でした。
犬山焼のお茶碗と、有楽苑限定の季節の銘菓「栗きんとん」を味わいながら、お茶室で過ごす時間は格別ですね。
茶碗が手のひらに収まる小宇宙であるならば、如庵とその庭園は、時代と場所を超えて息づく、その小宇宙を包み込む場所ではないのか、とふと感じました。
桃山時代からの息吹が今も味わえるのは、なんとも贅沢な時間でありました。
なお、見学会の間、庭園を歩いているとき以外は、写真撮影は禁止となっています。どうぞご注意くださいね。
如庵内部特別見学会は、この2026年10月5日より、来年前半の申込受付が始っています。
【内部特別見学会開催日(一日2回)】
2027年1月17日 日曜日 午前10時 ・ 午後2時
2027年2月 14日 日曜日 午前10時 ・ 午後2時
2027年3月8日 月曜日 午前10時 ・ 午後2時
料金はお一人4,000円となります。
それには、入苑料、呈茶料、特別見学料、記念品が含まれており、当日、窓口にて支払います。(クレジットカード利用可)
詳しくは、ウェブサイト如庵内部特別見学会でご確認ください。
申込みはこちらの国宝茶室「如庵」特別見学会(2026年度)から行うことが出来ます。
住所:〒484-0081 愛知県犬山市犬山御門先1番地(名鉄犬山線「犬山遊園」駅より徒歩8分)
電話:0568-61-4608
開苑時間:9:30~17:00(入苑は16:30まで)
呈茶営業時間:10:00~16:30(受付は16:00まで)
※呈茶は、混雑時にはお待ちいただくことがございます。
ウェブサイト:https://www.meitetsu.co.jp/urakuen/index.html