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世界的に有名な山岳リゾート、スイス・ツェルマット。スイス第1の都市、チューリヒから特急電車に乗って約3時間、首都ベルンからだと約2時間で到着します。ツェルマットはガソリン自動車の乗り入れを1988年に禁止した自然に優しい村。さらに標高は1600mほどなので、景色はもちろん、空気が都会のそれとは異なります。今回ご紹介するのは、そのツェルマットからさらに登山電車に乗り換えて約35分。標高3100mの展望台に建つ、「3100 クルムホテル・ゴルナーグラート」という山岳ホテルです。
3100 クルムホテル・ゴルナーグラート(以下、クルムホテル・ゴルナーグラートと表記)は、スイスアルプスの最高地点に位置するホテルです。周りに何も建物がないので360度の眺望が楽しめます。4000m級のアルプスを29座眺めることができ、そして正面には標高4478mの名峰、マッターホルンがほぼ目線の高さで見られる絶景のホテルです。創業は1894年で、すでに120年以上の歴史を誇ります。
このホテル、標高3000mに建っているからといって山小屋ではありません。すべての部屋は個室となっており、それぞれにシャワー(一部バスタブ)とトイレが完備されています。電話、ケーブルテレビ、Wi-Fiも繋がっており、メインダイニングでは夕食がフルコースで提供されます。日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、実はスイスには登山客やハイカーのための山小屋とは別に、100年以上も前から観光目的に来られたお客様をもてなす、いわゆるホテルがこのような山頂や山岳地域の景色の美しい場所に建てられています。そしてこの山岳ホテル、クルムホテル・ゴルナーグラートはその代表格なのです。
それではここで少し、スイスの山岳ホテルの歴史を紐解いてみましょう。ヨーロッパでは19世紀の産業革命以降、鉄道を中心に交通機関が発達し、空前の旅行ブームが起こりました。その一方で、都市の環境汚染や劣悪な労働環境に対して、ゲーテやルソーを中心とした自然回帰運動が盛り上がりをみせます。中世には、スイスアルプスには悪魔が住んでいる、と恐れられ一部立ち入りも禁止されていましたが、それと同時にその大自然が一躍脚光をあびることになったのがちょうどこの頃です。
やがてイギリスやフランスからの貴族や富裕層が大挙してこの小さな国を訪れることになります。当初は貧しい小さな宿屋しかなかった山岳地域ですが、お客様の要望に応じ次第に宿泊施設が整備されていきます。
一方ツェルマットでは、村からの景色だけに飽き足らない観光客がこの見晴らしのよいゴルナーグラートの峰を発見。そして1894年、ついにこの峰に小さな宿舎、クルムホテル・ゴルナーグラートの前身、ホテル・ベルベデーレが建設されました。当時まだ登山電車は開通しておらず、建設資材はすべて村人の手によって運搬されていました。完成後、観光客も麓のツェルマットから徒歩やロバ、人力カゴに乗ってやってきたという記録が残されています。そして4年後の1898年にゴルナーグラート登山鉄道が開通すると、観光客は爆発的に増加。手狭になった宿泊施設はすぐに建て替えられ、同時に当時のお客様の要望に応えるために施設そのものをグレードアップ。その後、数回の改装工事を経て現在の姿になりました。
それでは、現在のホテルを少しご案内いたしましょう。登山電車を降りると、いきなり眼前に天下の名峰マッターホルンの雄姿が! そして足元には、ゴルナー氷河が流れる景色が広がります。眺望を楽しんだあと、展望台行きのエレベーターに乗り込むと、ホテルの玄関前に到着します。自動ドアを入るとホテル地階のフロアーへ。このフロアーにはさまざまなショップがあり、ここでしか買えない商品が売られています。そのため、観光客やハイカーはゴルナーグラート展望台のお土産に、とここを訪れてショッピングを楽しみます。
ホテル内のエレベーターでもう1階上がるとロビー階へ。そこには観光客用のビュッフェスタイルのレストランがあり、日帰りのハイカーでにぎわっています。外にはテラス席も設けられ、天候のよい日には大勢の観光客が絶景と食事を楽しんでいます。そしてそれとは別の空間に、ホテル宿泊のお客様専用のフロントロビーとラウンジ、そしてメインダイニングが用意されています。
客室は日本でいうところの2階と3階。マッターホルン側の部屋が合計15室、モンテローザ側の部屋が7室あります。スタンダードタイプの部屋の広さは23㎡ほど。チューリヒなどの都会にあるデラックスホテルのように、広々とした部屋にふかふかとした絨毯とはいきませんが、窓を開けるとそこにはほぼ目線の高さにマッターホルン、そして4000m級のアルプスが広がります。スタンダードルームのほかには、少し広めのジュニアスイートの部屋がふたつ。そのうちのひとつ「モンテローザ」と命名された部屋からはマッターホルンとモンテローザ、両方が眺められる特別室。この部屋に宿泊するための競争倍率はかなりのものです。
17時を過ぎると観光客も少なくなり、駅やショップのスタッフも最終の登山電車と共にツェルマットへ下っていきます。そうなるといよいよ展望台は山岳ホテル宿泊のお客様の貸し切りに。静けさの中でゴルナー氷河を吹き渡ってくる風の音や鳥のさえずりが聞こえてきます。近くに塩場があるので、野生のヤギ、シュタインボックが集まってくる風景が見られるのもこの時間帯です。夕食は通常18時から。ロマンティックな雰囲気のメインダイニングで始まります。前菜、スープ、メインとすすみ、最後はデザートまで。この場所で、この雰囲気で、このクオリティの食事が楽しめることに感動します。
そして実はこのホテルのメインイベントはこれから。夏の時期、モンテローザでは午後9時から10時頃に夕暮れがやってくるのです。この日も、夕食が終わり屋外に出てみると、ちょうど夕焼けが始まりました。はるか下のゴルナー氷河の上を流れる水の音がかすかに聞こえる以外、物音ひとつしない中で氷河とアルプスが朱色に染まっていくダイナミックな景色を眺められるのはこのホテルの特権です。日没後には降るような満天の星空が眼前に広がります。そして早朝4時から5時頃になると空が次第に濃紺にかわっていきます。
東の空が白み始めると、やがて反対側にそびえるマッターホルンの山頂に朝日が射していきます。マッターホルンの朝焼けです。すっかり夜が明けるまでの約30分間、少しずつ朝日に染まっていくマッターホルンの姿を楽しめます。また嵐の夜には台風のような暴風雨とすぐ近くで起こる大迫力の雷光と雷鳴。このホテルが石造りの理由がよく分かります。そして嵐が去った翌朝の雲海とその上に浮かび上がるアルプスの峰々は見逃せません。
山岳ホテルの楽しみは宿泊だけではありません。アルプスをはじめとする大自然を身近に感じることができ、壮大な天体ショーまで楽しめるのがここのホテルの醍醐味といえるでしょう。万人が手軽にアプローチできる交通手段や、快適な宿泊施設まで用意してくれた先人達の英知と努力に感謝です。
やがて朝一番の登山電車が7時過ぎにツェルマットから到着。ホテルのスタッフが出勤し、同時にその日の食材が運ばれてくると山岳ホテル、クルムホテル・ゴルナーグラートの一日が始まります。
■3100 クルムホテル・ゴルナーグラート
・住所: CH-3920, Zermatt
・電話: +41 27 966 64 00
・URL: https://int.gornergrat-kulm.ch/?lang=ja
(こちらの記事は、2022年現在の状況をもとに作成しています。)
※当記事は、2022年9月15日現在のものです
TEXT: ねもとかずや/地球の歩き方編集部
〈地球の歩き方編集室よりお願い〉
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