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トロリーバスやケーブルカー、ロープウェイなどを乗り継ぎ、巨大な人工物である黒部ダムと雄大な立山の自然を一度に楽しめる立山黒部アルペンルートは国内外を問わず観光客を集める人気スポットです。関東からの旅行者にとっては、北陸新幹線ができたことで長野側を往復するだけでなく、雪の大谷の中を富山側に抜けていくルートも取りやすくなりました。
このアルペンルートを黒部の“表”としたとき、黒部峡谷トロッコ電車は、“裏”といえる存在かもしれません。温泉とそこから延びる観光用のトロッコ列車だけでしょ?というイメージが先行するかもしれませんが、映画やドラマにもなった『黒部の太陽』の難工事や、吉村昭の小説『高熱隧道』で有名な黒部ダム建設の舞台はこの黒部峡谷が玄関口なのです。実はこのトロッコ列車は、宇奈月温泉から欅平を1時間20分で結ぶ観光列車ですが、その軌道は欅平の奥のトンネルから先へと続いています。
欅平から高熱隧道、仙人谷を通り、黒部川第四発電所(黒四)を抜け、インクラインに乗り継ぎ、20km先の黒部ダムを乗り継ぐ、まさに黒部の“裏”を垣間見ながら抜けられる、これが「黒部宇奈月キャニオンルート」です。
これまで関係者や一部の見学者しか見ることのできなかったこのルートが2024年にツアー商品として解禁予定とのことで、実際に体験してきました。
取材当日は快晴。まずは観光客に混じり欅平までトロッコ電車に揺られます。
通常欅平で降りる時は来た道を戻って周辺を見て回りますが、今回の目的地はその奥。ボディチェックの後に欅平下部にある竪坑エレベーターへ。200mを一気に上昇します。
既に一般の観光客は入れないエリア。ここにある展望台では、白馬鑓ヶ岳など後立山連峰を見られるのですが、注目は向かいに見える標高1534mの奥鐘山。1938年の黒部川第三発電所の建築にあたって、志合谷にあった4階建ての作業員宿舎がホウ雪崩によって600mも吹き飛ばされ、80人以上の作業員が亡くなったという痛ましい事故があった場所です。
ホウ雪崩:水分量が少ない雪がなだれる際、急激に圧縮されることで爆発的なエネルギーを生み出す雪崩
ここで、蓄電池機関車に乗り換え、地中を仙人ダムに向けて進みます。
しばらくするとむわっとする熱気と、硫黄臭が…。ここが高熱隧道です。
掘削時に岩盤温度が160度を超え、ダイナマイトが自然爆発する事故があった場所です。当時は岩盤を掘る人に後ろから水をかける役割の人がつき、必死に掘り進んだという場所。あまりに過酷だったため、作業時間は1回20分までと決められていたそうです。現在でも火山ガスが出ているエリア、当時はさらに危険な場所だったのでしょう。
ひとしきり景色を眺めたあとは待望の黒部川第四発電所に進みます。私が見たことがあるのは登山雑誌などで下ノ廊下のルート紹介で出てくる下のような写真だけ。
いよいよ内部に入っていきます。
これまで岩がむき出しのトンネルを進んできましたが、いきなり建造物が割りこんでくる感じが、人と自然がせめぎあっているように思えます。この黒四発電所の標高は869m。しかし地図を見てみると、発電所があるあたりは高度1300m。つまりこの発電所は山の地下数百メートルを丸ごとくりぬいて造られた巨大な要塞のような場所なのです。人生で一番大きな秘密基地に入った気分…。
発電所の見学を終えると、いよいよここに流れる水の源、黒部ダムへ向かいます。このルートのハイライト、インクライン(資材運搬用のケーブルカー)で標高を一気に稼ぎます。
漆黒のトンネルの中で、目指す光も下部からはただの点に見えます。我々は運搬車の中で窓越しに景色を眺め、職員の方の説明を伺っていたのですが、これがもしホラーゲームだったら、ケーブルカーがいきなり止まり、席を立った瞬間にボス戦が始まることでしょう。
インクラインを降りると、この旅も終盤。最後は電気バスに乗り換えます。
ここでの見どころは途中の棒小屋沢(下ノ廊下の十字峡に流れ込む沢)の展望台です。ここまで進んできたのはほぼ地下の世界だったのですが、ここからは天気が良ければ冒頭の裏劔が望めます。
谷の中にぽっかりとあいた荷物運搬用の穴から登山者には憧れの劔岳を裏側から望みます。アルペンルートの最高地点は室堂ですが、そこから見る劔の景色に比べ、ここから見る劔はより荒々しく、簡単には人を寄せ付けない姿を見せつけています。
取材開始から約5時間はたっていましたが、充実の時間だったため、あっという間に黒部ダムに到着した感覚です。扇沢からダムへ来る降車場のすぐ横から、国内外の観光客でにぎわう終着点につきました。
今回のルートはインクラインやトロッコなど、普段乗れない乗り物で移動できる魅力以外は、ほぼトンネルの中を乗り継ぎ進む、アルペンルートに比べて地味なものかもしれません。ですが、日本の歴史を作ってきた建造物の“体内”を進む高揚感。こんな険しい場所に発電所を作ろうと考えとそれを実行した先人たちへの畏怖。それは普通の旅行では絶対に味わえない、とても充実感あるものでした。アルペンルートを経験された方なら、なおさら体験していただきたい峡谷旅と言えると思います。
このキャニオンルートのツアーは宇奈月温泉側と黒部ダム側から各30人、午前・午後の2回催行されるそう。夏~秋の1ヵ月少しの予定とのことなので、1年で4000人程度しか参加できない計算です。プラチナチケットになる前に体験してみてはいかがでしょうか? 個人的には段々と高度を上げていった歴史を感じながら欅平側から参加するのがオススメです。
ツアーの後、このルートを歩きで踏破する下ノ廊下をキャンプ泊で下ってきました。こちらの記事もご覧ください。