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「家族にとって僕が世界一周するのは『ああ、また行くんだ』と、大阪出張にでも行くような感覚。それくらい日常的なものです」。そう話すのは、26歳で当時の最年少単独無寄港世界一周記録を樹立し、57歳になった現在に至るまで合計4回、ヨットでの世界一周に成功している海洋冒険家の白石康次郎さん。11月10日に開幕した「世界一過酷」と言われるフランスのヨットレース「ヴァンデ・グローブ(Vendée Globe)」に、白石さんは唯一の日本人選手として出場しています。出発の2週間前、白石さんのヨットの上で、大会のこと、ヨットで世界を巡ることについて、お話をうかがいました。
パリから西へ約400km、大西洋岸に位置するヴァンデ県の港町レ・サーブル・ドロンヌ。ここが、4年に1度開催される世界最大級のヨットレース「ヴァンデ・グローブ」のスタートであり、ゴールです。
日本ではあまりなじみのないヨットレース。しかし、ヴァンデ・グローブのルールはいたってシンプル。どこの港にも寄らず、外部からの支援も受けず、たったひとりでヨットに乗り、喜望峰(南アフリカ共和国)・ルーウィン岬(オーストラリア)・ホーン岬(チリ)を通過し、世界一周して戻ってくること。レース期間は最短記録で74日、平均約3ヵ月。速さを競う競技でありながら、過去のレースで無事完走できたのは出場者のわずか半数のみ。その過酷さから「海のエベレスト」とも称される、まさに命がけのレースです。
白石さんの取材に現地を訪れたのは、レーススタートの2週間前。町のいたるところに「ヴァンデ・グローブ」のポスターが貼られ、すでに大会に参加するヨットが揃った港付近は「ヴィレッジ」と呼ばれる特設エリアに。大会にまつわる展示やイベントが催され、入場には数時間待ちの列が。学校の秋休み期間ということもあってか家族連れが多く、小さな子供から大人まで、大勢の人々でにぎわっていました。
第10回大会となる今回は、欧州を中心に世界から幅広い年齢の男女40名の「スキッパー(船長)」がエントリー。というのもヴァンデ・グローブでは、性別・年齢・体格などに関わらず、参加者全員が同じルールのもと競うのです。「公平ではないけど、平等。それがフランスらしい、このレースのおもしろいところ。」(白石さん)
白石さんがヴァンデ・グローブに出場するのは、今回が3回目。30年かけてようやく出場が叶った1回目は、マストの破損により途中棄権。コロナ禍で開催された2回目は16位でゴールし、雪辱を果たすとともにアジア人初のヴァンデ・グローブ完走者となりました。
「同じ世界一周でも、毎回異なるテーマを持って挑んでいます。前回大会は完走することが目標だったけど、今回はもっとスピードを上げて8位以内を目指したい。」(白石さん)
―無寄港かつ無補給のレース。トラブルは想定しきれないと思うのですが、事前にどんな準備をされるのでしょうか
「今までに4回世界一周していて、おもしろいことに毎回新しいトラブルに遭遇します。経験を積むほどに『もう大丈夫だろう』ではなく『経験したことのないことが起こるだろう』と。『想定外が想定内』ですね。」
―トラブルが起きても、動揺しなくなっていく?
「トラブルが起きない船なんてないので、トラブルをなるべく『少なくする』ことがポイント。難しいのは予備に何を積むか。すべては載せきれないので、何かはあきらめなくてはいけません。(レース中に)壊れたら、他のもので代用したり、何かを材料にしてつくったりして対応します。」
―世界一周するにも様々な方法がありますが、ヨットで世界を巡る魅力とは
「徒歩、自転車、飛行機なども全部、それぞれ魅力的で大好きです。ただ、地球は『水の惑星』で海はつながっているので。最初は船乗りになろうと思って入った学校でヨットに出会い、風の力だけで世界一周できるってすてきだなと思って、(ヨットの)センスも才能もなかったのが残念ですけど、『好き』だけでここまで来ました。いまだに最初の一週間は船酔いに悩まされてます(笑)」
―海の上で国やエリアが変わったな、と感じるのはどんなときなのでしょうか
「このレースの序盤は縦移動なので、まずは季節が変わります。赤道に近づくにつれてだんだん温かくなって真夏になり、(赤道を越えて離れていくと)また寒くなっていく。アフリカ沖からは横移動になるので、今度は時間が変わっていきます。
前回(2020年のヴァンデ・グローブ)面白かったのは、お正月を2回やったこと。日付変更線間近でお正月を迎えたので、人類最速で年越しをしたんじゃないかな。そしてすぐに日付変更線を(東に)越えて、また31日に戻りました。」
―ヴァンデ・グローブは「無寄港」のレースですが、もしどこか1ヵ所寄港してもいいとしたら?
「日本に寄りたい!でも追加で2ヵ月かかっちゃうので。いずれ日本でこのようなレースができるといいですね。」
今回は単独のレースですが、準備期間は家を借りてチームメイトと合宿生活をおくっているそう。チームメイトのほとんどはフランス人。英語もフランス語も話せないと言う白石さんですが「何を言ってるのかはわからないけど、どう思ってるのかはわかる。国同士じゃなくて、同じ人間同士で考えたら、言葉の壁はあまり関係ない」とのこと。
合宿中の食事は自分たちで用意するそうで、人気なごはんは?
「餃子の評判がいい。意外と素麺もウケました。お菓子だと『白い恋人』が大人気。キッチンに置いておくと一瞬でなくなっちゃう(笑)」
「海外に行くときに一番大事なのは『よき日本人』であること。礼儀正しく、笑顔で、周りが時間を守らなくても自分は時間を守り、日本のことを聞かれたときにちゃんと答えられるようにする。そうすればどこに行っても通用するので。」
前回大会に続き、今回もご自身が「居合」をするときに着ている稽古着姿で出発した白石さん。「師匠がかつて、宮本武蔵が巌流島へ行く気持ちで行けと言っていたので。『日本にはまだ侍がいるのか!』と評判もよかったです(笑)」
「冒険というのは、何も世界一周だけじゃない。居心地のいいところから一歩抜け出して、初めての場所に行くこと、初めての人に会うことが冒険。」そう話す白石さんにとっての“初めての冒険”は?
「小学 3 年生の時、ひとりで鎌倉から電車に乗って祖母の家がある赤羽へいったこと!東京タワーが高く見えましたね。世界一周もそのときも、気持ちは何ら変わっていません。」
パリCDG空港からの国内線乗り換えで、ターミナルを間違え迷子になってしまった筆者。焦って空港職員の方に助けを求めると、親切に一緒に歩いて案内してくれました。「何をしにいくの?」「ヴァンデ・グローブの取材に!日本人選手が出るんです」「ああ、ヴァンデ・グローブ!いいですね」やはりフランスでは知名度の高い模様。日本でも、もっと多くの方に知ってもらいたい……!
CDG空港はターミナルによってはバス移動になるので、乗り継ぎの際はお間違いのないよう、くれぐれもご注意を。
PHOTO・TEXT 髙見ひかり