キーワードで検索
今回紹介するのは、日本人に人気の観光地、イタリア・ローマ近郊の温泉です。「ローマと温泉」は結び付かないかもしれませんが、壮大な叙事詩『神曲』を著したダンテゆかりの温泉があり、ローマからの日帰り旅も可能です。ローマからアクセスしやすい温泉の中でも、泉質的に超一級のビテルボ(ヴィテルボ)を紹介します。
ビテルボはローマの北西にある人口約6万人の町です。ローマの属するラツィオ州の北端に位置し、鉄道なら2時間ほどでアクセスできます。
ビテルボはかつて何人ものローマ教皇が居住した町で、城壁に囲まれた街並みがよく保存されています。大聖堂や教皇の宮殿など、中世の面影を残す貴重な建築物を目当てに、ローマから多くの観光客が訪れます。
ただ、温泉をまったく紹介していないガイドブックや観光サイトが少なくありません。本記事ではいつものように温泉限定で紹介します。
温泉の紹介が少ない理由はいくつかあります。1. 温泉は鉄道駅から西へ4kmの場所で、見どころの多い旧市街と離れていること、2. ローマの観光客の眼中に温泉がないこと、3. 野趣あふれる通好みの温泉が多いので、日本でそのような温泉を体験していないとハードルが高いこと、などです。しかし温泉マニアからすると、歴史的にも泉質的にも価値のある温泉が目白押しなので、代表的なものを3つ紹介したいと思います。
数多くあるビテルボの温泉のなかで屈指の湧出量を誇るのがブリカーメ(Bulicame)温泉です。素朴な露天風呂を無料で利用できるため、多くの人で賑わっています。
ビテルボの温泉は硫黄泉で、わずかに白濁しているものの、ニオイはきつくありません。また、炭酸カルシウムを豊富に含むため、浴槽の縁は温泉成分が堆積した析出物で覆われています。ブリカーメ温泉の露天風呂は前方後円墳のような形で、円形側から湯が注いでいます。浴槽の底には温泉成分による白い泥が大量に沈んでいて、泥パックを楽しむ人もいます。下流側はぬるめで長湯に向いています。
一段高い場所にある源泉を訪ねてみましょう。楕円形の源泉池では、約58℃の湯が盛り上がるようにゴボッゴボッと湧き出しています。源泉を保護するための透明な板で囲われているため、近くまでは立ち寄れませんが、それでも迫力十分です。ダンテは有名な神曲『地獄篇』のなかでブリカーメ温泉について述べていて、周囲の壁に神曲の一節が紹介されています。それを知った上で源泉池を眺めると、一層神々しいものに見えてきます。
ブリカーメから1kmほどの場所にあるのがカルレッティ(Carletti)温泉です。公園内の斜面に棚田のような露天風呂があって、いつでも無料で利用できます。源泉が直接注ぐ上段の方は湯温が高く、下段はぬるめです。正面の広場に植えられた樹木の下は木陰となるため、温泉に浸かっては木陰で休んで1日を過ごす人たちが多いようです。右手にはのどかな牧草地が広がっています。
カルレッティで必見なのが、ローマ時代に築かれたという水道橋(アクアドット)です(冒頭の写真も)。約55℃の源泉が橋を伝っていくうちに湯温が下がり、露天風呂ではちょうどいい温度になります。温泉橋から溢れた湯によって端の両側の壁は析出物で覆われていて、世界にふたつとない光景です。鮮やかな白い壁は、ところどころ緑や黄色に彩られています。途中には中をくぐって反対側に出られる円形の穴があります。どこから見ても最高の写真スポットです。温泉橋をたどっていくと、丘の上に源泉池があり、ここでも表面が盛り上がるように温泉が湧いていました。
海外の温泉に興味はあるけれど、ブリカーメやカルレッティのような野趣溢れる野湯は苦手、という人におすすめしたいのが、この温泉です。15世紀半ばにローマ教皇ニコラウス5世が、近くに別荘を建てて通った温泉として知られています。このため、「教皇の温泉(テルメ・ディ・パーピ、Terme Dei Papi)」と呼ばれています。現在営業しているホテル兼療養施設は戦後に建てられました。専門医によるリハビリ治療を受けるため毎日多くの患者が通っていますが、観光客のための日帰りプランも用意されています。約1km離れた前述のブリカーメ温泉の湯を引いています。
このほか、ブリカーメから北へ8kmの場所にバナッチョ(Bagnaccio)温泉とオアシ(Oasi)温泉、南へ8kmにはサンシスト(San Sisto)温泉があります。また、設備の整った新しい温泉施設が次々と郊外にオープンしていて、1日では回り切れないほどです。
ローマと並んで人気のあるフィレンツェには、ダンテの生涯とその時代のフィレンツェの様子を学べる博物館があります。フィレンツェから西へ50㎞にあるグロッタ・ジュスティ(Grotta Giusti)は温泉好きな人におすすめの珍しい施設です。グロッタはイタリア語で洞窟の意味。ジュスティ家で働いていた労働者が1849年に石切り場で巨大な空洞を発見しました。調査の結果、鍾乳洞と温泉池が見つかったため、内部を整えて洞窟サウナとして営業することにしたという珍しい施設です。
洞窟内には3つの大きな空洞があって、通路で結ばれています。ダンテの神曲にちなみ、それぞれ「天国(31℃)」、「煉獄(34℃)」、「地獄(36℃)」と名づけられています。故郷の有名人に掛けた遊び心溢れるネーミングです。奥に行くほど温度は上昇しますが、最奥の「地獄」でも熱いというほどではありません。ただ、湿度が100%近いため、椅子に腰かけていると、汗が噴き出してきます。高温のサウナは苦手という人でも楽しめる施設だと思います。洞窟内で湧く温泉水を引いたぬるめの屋外プールとセットで楽しむとよいでしょう。
ビテルボ周辺は観光地なだけあって、レストランは数多くあります。今回は3で紹介した「教皇の温泉」近くのトラットリアで昼食をとりました。生のポルチーニ茸を使ったフェットチーネは日本で味わったことがないほど絶品でした。
メインのウサギ肉のローストはチキンに似た食感で、ちょっと醤油のような風味だったのを覚えています。ヨーロッパでは暑い夏でも冷房のないテラス席で食事をとるのが普通です。最初は驚きますが、座ってみると自然の風の心地よさを実感できます。
海外の温泉に興味がある人で、ローマへの旅行を計画している場合はぜひビテルボも訪ねてみてください。ビテルボはローマから鉄道で2時間ほどの場所にありますが、温泉は町の周囲に点在しています。このため、複数の温泉を回りたい場合はタクシーの利用が便利です。ただ、不安な人は旅行会社やホテルで専用車をチャーターし、ローマから1日観光で訪ねるのがよいでしょう。
また、フィレンツェ周辺にはさらに多くの魅力的な温泉があります。グロッタ・ジュスティを始めとした代表的な温泉は拙著「さあ、海外旅行で温泉へ行こう」 で詳しく解説していますので、ご参照ください。
施設名 | URL |
ビテルボの温泉 (記事では触れられなかった温泉も紹介) |
https://www.tusciawelcome.it/en/tuscia-welcome_157/wonders-of-tuscia_137/viterbo-thermal-baths_147/
http://www.minorsights.com/2017/01/italy-hot-springs-near-viterbo-updated.html |
ビテルボの観光(温泉以外) | https://www.wanderingitaly.com/lazio/viterbo.html |
グロッタジュスティ・サーマル・スパリゾート (Grotta Giusti Thermal Spa Resort) |
https://www.grottagiustispa.com/en/ |
「教皇の温泉」を「法王の温泉」と紹介しているサイトやガイドブックもありますが、意味は同じです。日本政府もカトリック中央協議会も「教皇に統一する」という方針を示しているので、記事内では「教皇」「ローマ教皇」の語を使っています。