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サローム(こんにちは)!
中央アジアの人々になくてはならない主食、平べったいパンであるナン(ウズベク語ではノンとも発音)。ウズベキスタンのどこでも作られており、どんなバザールや店でも目にすることができますが、なかでもサマルカンドで作られるパン、サマルカンドナンは大きくて食べ応えがあり、ウズベク人の誰もが特別なナンとみなしているもの。ナンの王様という別名にふさわしく、他のナンとは格が違う貫禄があります。
このサマルカンドナンは、サマルカンドを訪れるウズベク人旅行者はほぼお土産に持って帰るもので、市内各地で売られています。例えば、サマルカンド駅でこのナンが売られているのを見た方もいらっしゃるのではないでしょうか。この駅では構内でもホームでも大量のサマルカンドナンが売られており、列車の発車時刻が近づくと飛ぶように売れていきます。当然ながら確かな統計はありませんが、世界一小麦粉のにおいがする駅といってもよいかもしれません。
ウズベキスタンでは料理や食べ物にまつわる伝説やエピソードは数多くありますが、サマルカンドナンに関するこんな伝説も。何百年も前、ブハラの王様がサマルカンドで食べたナンをとても気に入り、このナンを作るようブハラの職人たちに頼んだ。彼らはサマルカンドと同じ小麦粉、同じ水、同じ窯を使ってナンを作ったが、どうしても理想のナンを作ることができなかった。そしてブハラの王は、サマルカンドナンを作るにはサマルカンドの空気が必要だと気付いたのだ、と……。このエピソードをサマルカンド市民の誰もが知っているということからも分かる通り、このサマルカンドナンはサマルカンドの誇りといっても過言ではないのです。
先日このサマルカンドナンの職人さんと知り合い、工房を案内してもらいました。ありがたいことにナン作りの様子をひと通り見学させてもらいましたが、一連の作業がなかなか衝撃の連続だったので読者の皆様にもお見せしましょう。
工房があるのは市内東部、ウルグベク天文台近く。この地区はタシケントやブハラに向かう幹線道路沿いにあり、昔からサマルカンドナン屋さんが多かった地区で現在でも10軒ほどのナン工房があります。昔も今も、旅行者はここでサマルカンドナンを買い、ふるさとへお土産として持ち帰って行ったのです。ここで作られるサマルカンドナンは地区名を取ってガラオシヨナンと呼ばれ、特別なサマルカンドナンの中でもさらに一目置かれるナン。つまりナンの王様of王様なのです。
サマルカンドナン職人の作業は朝に始まります。一晩寝かせておいた生地をさっそく焼きにかかりますが、まずはタンディールと呼ばれる窯を温めるところからスタート。
この写真の通り、燃料は薪。ガスで焼くのと薪で焼くのでは味がまったく異なるといい、なかでもリンゴやクルミの木を使うのがいいとのこと。職人さん自ら薪を割り、窯に入れて温めていきます。いきなりなかなか手間がかかる作業ですが、自然や天然の食べ物にこだわる人が多いこの国の人々にとってはこのような作業も当たり前のことなのでしょう。
一般的なナンを焼く窯は穴が横向きで、職人さんは窯に直接入って生地を貼り付けることができますが、サマルカンドナンの窯は上向きに穴がついています。じゃあどうやって窯の中にナンを入れるのかというと……
そう、まるで上半身を窯の中に潜り込ませるかのようにして貼り付けるのです。この曲芸の如くアクロバティックなパフォーマンスが、サマルカンドナン作り最大の見せ場。犬神家のアレを彷彿とさせるこのスタイル、素人がやれば間違いなく自分ごと窯の中へ落ちてしまうでしょう。まさにプロしかできない神業。
この方は祖父の代からのナン職人の家系に生まれた3代目の職人さんで、子供のころから間近でナン作りを見てきたそう。外国人ユーチューバーの見学もたびたび受け入れ、アゼルバイジャンへナン作りを教えに行ったこともあるというナイスガイな敏腕職人です。それゆえこの作業もいとも簡単そうにやってのけてしまうのです。
そのまま40分ほどナンを焼きますが、この間に2度水を振りかけます。これでナンがしっかり焼け、こんがりとした焼き色がつくのです。
それにしてもなぜナンは窯の中に落ちないのでしょうか。職人さんに聞くと「そりゃあおれ、ナンのプロだから」と笑ってはぐらかされましたが……。
焼きあがると専用の道具でどんどんナンを剥がして取っていき、この空間がナンの香ばしいにおいで満たされて行きます。これを袋に詰めていくのは職人の奥様の役目。
一度に窯で焼けるナンの数は約40枚で、午前中の間にこれを2サイクル行います。つまり1日で焼けるナンの数は約80枚。ナンはおもにウルグベク天文台の前にあるナン売り場に卸しますが、時々近所の住民が訪れ、職人さんから直接ナンを買っていきます。
というわけでナン作り午前の部は終了。これで休めるかと思いきや、ランチ休憩の後すぐに午後の部が始まります。
ここで行うのは生地作り。一般のナンならすべて手作業で行うところ、ここではまず機械を使ってナンをこねます。小麦粉、水、塩、そしてイースト菌を機械に投入し、ときどき手も使ってこねること約30分。
生地ができあがって少し寝かせると、ここからは完全に手作業。ひたすら手でパンチするようにして圧を加えていきます。
この作業を少し体験させてもらいましたが、ナン作りを毎日毎日続けてきた結果、でかくて固くなった職人の手とは違う己のヘナチョコな手は生地に押し返され、まるで役に立ちません。それもそのはず、この生地は約100kgもの小麦粉を使って作られたもので、弾力も相当なもの。これを毎日やるなんてとてつもない重労働。見学中職人さんが何度もナン作りは大変な作業だから、とおっしゃっていましたが、それを文字通り痛感することになりました。
こねられまくった生地は少しずつ形を変え、でこぼこが消えていき表面が滑らかになっていきます。平らになった生地は職人さんによってきれいに折りたたまれ、寝心地のよさそうな布団のような見た目になりました。
午後最後の作業は、生地を切り分けて重さを量る行程。職人さんが適度に切った生地の固まりを量りに載せ、1.5kgに足りなければまた少し生地を切って追加、越えていれば生地を切って取り除いていきます。失礼ながら何か食べ物や料理を作る時はちゃんと容量を量らず、何でも勘でエイヤッとやってそうなイメージのウズベク人ですが、サマルカンドナンはこうやって正確に量って作られているんですね。
この作業は家族総動員で行うようで、お母様が計測担当、娘さんが生地を並べていく担当。親子3代が協力して見事な連係プレーを繰り広げていきます。
しかしそんな中でもやはり職人さんの技術が光ります。重さが量られた生地は職人さんの手で一瞬で丸められていきますが、自分がやらせてもらったところどんなに頑張ってもまったく丸くならなりませんでした。どうやったらこんなにスベスベでパーフェクトな球になるんでしょうか。
作業は深夜まで及びます。生地をナンの形に成型し、チェキチという道具で模様をつけ空気を抜いていきます。このチェキチはお土産屋やバザールでも買えるので、日本に帰ったらガチでナンを作ってみたい! という方もちょっと変わったお土産が欲しいという方も、ぜひ買ってみては?
そう、サマルカンドナンを作るのはまさに1日作業、職人さんの神業の連続の末できあがる賜物なのです。サマルカンドを訪れたなら、必ず一度は食べる機会があるであろうサマルカンドナン。その際はこのナンを地元の宝物と誇るサマルカンド市民のプライドと、古くから脈々と受け継がれてきた職人技に思いを馳せてみてください。
なお私がJICA青年海外協力隊観光隊員として活動している観光案内所(103. 特派員が活動中のサマルカンド観光案内所ご紹介!学生スタッフがガイドする街歩きミニツアーも開催)では、地元の日本語ガイド学生がこのナン工房にご案内しナン作りを見学するミニツアーの販売を始めました。ナン職人の技をこの目で見てみたい! 窯から出したばかりのできたてアツアツのサマルカンドナンを頬張ってみたい! という方はぜひ奮ってご参加くださいませ。
それではコルシュグンチャ・ハイル(また会う日まで)!