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優美な曲線を描くランプや植物が繊細にかたどられたステンドグラス……日本でも人気の「アールヌーヴォー」は、19世紀末にフランス北東部のナンシーで花開きました。ナンシーを歩けば至るところでうっとりするような装飾に出合え、さながら町全体が美術館のよう。またこの町は昔ながらのレシピで作る伝統菓子が豊富なことでも知られています。見る芸術も食べる芸術も満喫できるナンシーを、朝から晩まで120%楽しむための最強モデルプランをご紹介しましょう!
ナンシーの観光は、町の顔ともいえるスタニスラス広場からスタート! 広場の名前「スタニスラス」は、18世紀中頃にフランスに亡命し、ロレーヌ公としてこの地を治めた元ポーランド国王スタニスラス・レスチンスキーのこと。ルイ15世の義理の父にあたります。この広場は娘婿のフランス国王を称えて1755年に造られたもので、革命以前は国王広場と呼ばれていました。ナンシーは11世紀からロレーヌ公国の首都として栄えてきましたが、スタニスラス公の死後、公国はフランスに併合されました。
広場の設計はナンシー出身の建築家エマニュエル・エレ、ゴールドに輝く噴水や、門を彩るきらびやかな装飾は、金具工芸職人のジャン・ラムールによるものです。18世紀に生まれたロココ様式は曲線を多用した豪華な装飾で多くの貴族の邸宅を彩りましたが、丸みのある優美なスタイルは、その1世紀のちに生まれる新芸術(=アールヌーヴォー)にも影響を与えています。
広場の北側にある凱旋門をくぐると、スタニスラス広場と同じエマニュエル・エレ設計のカリエール広場に続いています。クリスマスマーケットの季節にはカリエール広場に観覧車が立ち、華やぐふたつの広場を上空から一望できます。スタニスラス広場とカリエール広場、そしてすぐそばにあるアリアンス広場はあわせて1983年に世界遺産に登録されています。
ロココ様式の広場を堪能したら時計の針を1世紀進めて、いよいよアールヌーヴォーの世界へ。スタニスラス広場に面して建つ「ナンシー美術館」は、ルーベンスやモネ、ピカソなど14〜21世紀のヨーロッパ絵画を幅広く所蔵していますが、ここで見るべきは地下階! アールヌーヴォーを代表するガラス工芸作家ドーム兄弟と、現在もナンシーに工房のあるドーム社のコレクションがずらりと並びます。
ロレーヌ地方のガラス工場一家に生まれた兄オーギュスト(Auguste Daum1853〜1909年)と弟アントナン(Antonin Daum1864〜1930年)のふたりは、1889年のパリ万博でナンシー出身のエミール・ガレ(Émile Gallé1846~1904年)がガラス部門で大賞を受賞したことに触発され、アールヌーヴォー様式のガラス作品作りに没頭していきました。そして1900年に再びパリで開催された万博で、ガレとドーム兄弟はどちらも大賞を獲得し、ガレとともにナンシー派のアールヌーヴォーの立役者として成功を収めます。
■ ナンシー美術館Musée des Beaux-Arts de Nancy
・住所: 3 Place Stanislas, 54000 Nancy
・URL: https://musee-des-beaux-arts.nancy.fr
美術館を出てちょっと休憩したくなったら、同じスタニスラス広場沿いにある「グラン・カフェ・フォワGrand Café Foy」へ。リゾットなどの食事メニューも充実しているのでランチ利用にもおすすめですが、お茶のおともには、おしゃれにアレンジされた伝統スイーツ「ババ・オ・ラム」をぜひ! ババ・オ・ラムは甘いものに目がなかったスタニスラス公のために、故国ポーランドの焼き菓子をラム酒風味のシロップに浸して作られたスイーツ。実は、晩年歯を悪くして固いものが食べられなくなったスタニスラス公のため、噛まなくても食べられるようにと考案されたお菓子なんです。
このお店のババ・オ・ラムは、ラムの強さとお菓子の甘さのバランスがよく、スポイトで注入する“追いラム”スタイルがイマドキでおしゃれ。お店によって、見た目もラム酒シロップの濃さも浸し具合もさまざまなので、いろんなお店で食べ比べてみるのが楽しいお菓子です。
■ グラン・カフェ・フォワGrand Café Foy
・住所: 1 Place Stanislas, 54000 Nancy
・URL: https://www.grandcafefoy.com
ひと息ついたら広場をあとにして町歩きに出かけましょう。ナンシー派のアールヌーヴォーは、美術館の展示作品としてだけでなく、生活品や建物の飾りなど町のさまざまなところを彩っているのが特徴。ぶらぶら散策するだけでも、つい足を止めてしまうすてきな装飾に出合えます。
町なかのアールヌーヴォースポットでぜひ見てほしいのが、スタニスラス広場から徒歩3分のサン・ジョルジュ通りに建つ「クレディ・リヨネ銀行」。1901年フェリシアン・セザール設計の建物ですが、なんといっても天井のステンドグラスが見事! ガレやドーム兄弟とも仕事をした人気ステンドグラス作家ジャック・グリュベール(Jacques Gruber1870〜1936年)作の巨大なステンドグラスが天窓として使われています。
■ クレディ・リヨネ銀行
・住所: 7 bis-9, rue Saint-Georges, 54000 Nancy
クレディ・リヨネ銀行と同じサン・ジョルジュ通り沿いにあるユニークな装飾の建物は「ジェナン穀物商(現CCF)」。1901年にアンリ・ギュットンの設計で造られました。水色の鉄装飾が印象的ですが、ロレーヌ地方は昔から製鉄業が盛んだったこともあり、鉄を使ったアールヌーヴォー装飾が多く見られます。パリのエッフェル塔を造っている錬鉄もロレーヌ地方から運ばれたものでした。
■ ジェナン穀物商Graineterie Génin
・住所: 2 Rue Bénit – 52, rue Saint-Jean
周囲にはまだまだアールヌーヴォースポットがたくさん! 写真左は元デパートの「Magasin Vaxelaire&Cie」(1901年)。中にあった試着室の扉は現在オルセー美術館に所蔵されています。右は商工会議所「Chambre de Commerce et d'Industrie」(1908年)。こちらの鉄装飾はルイ・マジョレルによるもの。
ナンシーは大学都市でもあり町には若い人も多く、手軽に食事ができるお店もたくさんありますが、アールヌーヴォーの町に来たからには一度は訪ねたいのがこのお店。1911年創業の老舗ブラッスリー「エクセルシオール」です。照明はドーム、家具はルイ・マジョレルと、多くのナンシー派の芸術家たちが内装を手掛けていて、アールヌーヴォーにどっぷり浸りながら優雅に食事がいただけます。1976年には歴史的建造物に指定されました。
料理は鴨のローストやテリーヌなどフランスの定番メニューが揃うほか、デザート類も充実。ナンシーの伝統スイーツを盛り合わせた「ナンシーのすべてLa Tout Nancy」€9.90なんていうメニューもあります。朝8時から営業しているので、朝食の利用もいいですし、ワインも揃っているのでもちろんディナーにも。
ちなみにこのお店がおもしろいのは、メインダイニングはアールヌーヴォー装飾ですが、建物に入って右側の部屋はアールデコの内装になっているところ。こちらでも食事ができます。また、地下にあるトイレに向かう階段の手すりはフランスを代表するデザイナー、ジャン・プルーヴェによるもの。アールヌーヴォーとアールデコが共存し、至るところが芸術に満ちたお店なので、食事に訪れた際にはぜひいろいろのぞいてみてください。
■ エクセルシオールExcelsior
・住所: 50 rue Henri Poincaré, 54000 Nancy
・URL: https://www.brasserie-excelsior-nancy.fr
ランチのあとは腹ごなしも兼ねて、町の中心から少し離れた「マジョレルの家」へ。エクセルシオールからは徒歩15分ほどです。この家は、エクセルシオールの調度品も手掛けたナンシー派の家具職人ルイ・マジョレル(Louis Majorelle1859~1926年)の邸宅で、1901〜1902年に建てられました。設計はパリの建築家アンリ・ソヴァージュですが、内装はさまざまなナンシー派の芸術家が手掛けていて、アーティストがアーティストのために建てた完全なアールヌーヴォーの家として知られています。数年前から改装工事でクローズしていましたが、2020年2月中旬からWEB予約で一般見学が再開されます。
エミール・ガレの影響を受けてアールヌーヴォー様式の家具を作るようになったルイ・マジョレル。彼も1900年のパリ万博に出品した作品が認められ、ナンシー派のアールヌーヴォーを代表する芸術家になりました。妻と一人息子の3人で暮らしたこの家は、2階のテラス付きベッドルームは南向き、彼のアトリエは北向きと、太陽の向きによって間取りが考えられていて、それぞれの部屋に雰囲気の異なる細かい装飾が施されています。麦や松ぼっくりをモチーフにした家具や左右非対称の窓、日本的な木のバルコニーなど、ひと部屋ひと部屋じっくり眺めたくなる魅力があります。
取材で訪れた2019年12月はまだ工事の最中でしたが、担当者によると今回の修復により、内装や木製家具が当時の色を取り戻したのだそう。アールヌーヴォー全盛期の芸術家たちのあふれる才能が注ぎ込まれた邸宅。本来の色が蘇った姿は必見です!
■ マジョレルの家Villa Majorelle
・住所: 1 rue Louis Majorelle, 54000 Nancy
・URL: https://musee-ecole-de-nancy.nancy.fr
※2020年2月中旬から見学再開。以降も一部修復工事は継続され、完全に工事が終わるのは2023年頃の予定
マジョレルの家からさらに南へ徒歩約8分ほどのところにあるのが「ナンシー派美術館」。いよいよ真打ち登場ともいうべき、エミール・ガレの世界が堪能できる美術館です。そもそも「ナンシー派のアールヌーヴォー」というのは、この町出身のエミール・ガレが中心となって結成した芸術運動グループで、ドーム兄弟もルイ・マジョレルも、多くの芸術家がガレの影響を受けてアールヌーヴォーのアーティストとして花開きました。
彼らのパトロンだったウジェーヌ・コルバンの邸宅を利用して、1964年に開館したのがこのナンシー派美術館。ナンシー派のアールヌーヴォーは建築よりも室内装飾が中心だったので、ベッドやテーブル、ランプや食器など、生活に密着したものに高いデザイン性を見ることができます。ここでは、家具や食器を配した部屋ごと再現しており、当時の暮らしぶりがわかるように展示されています。自分ならどの部屋に住みたいかな……と想像しながら見学するのが楽しい美術館です。
館内にはガレの作品がたくさん展示されているので、ガレ好き、アールヌーヴォー好きにはたまりません。ガレの作品は植物や昆虫のモチーフが多く、その背景には日本から留学していた高島北海との出会いがあります。浮世絵などから日本の美意識を学び、独特のジャポニズム表現がうかがえる作品も多数並びます。
■ ナンシー派美術館Musée de l'Ecole de Nancy
・住所: 36-38, rue du Sergent Blandan, 54000 Nancy
・URL: https://musee-ecole-de-nancy.nancy.fr
見る芸術を堪能したら、食べる芸術を求めて町の中心部に戻りましょう。甘党だったスタニスラス公のおかげで、ナンシーにはおみやげにぴったりな郷土菓子がたくさん生まれました。
●ベルガモットキャンディ
まずはキャンディをご紹介。ベルガモットはレモンとオレンジの間のような、南イタリア原産の柑橘系の果物で、アールグレイの香りづけや最近ではエッセンシャルオイルとしても使われています。スタニスラス公が好んだ果物だったので、キャンディにしてその風味を閉じ込めました。正式には「ベルガモット・ド・ナンシー」と呼ばれ、形は四角くて平らと決まっています。味は甘めのアールグレイ紅茶のようで、のどにもよさそう。
このキャンディを一躍有名にしたのは映画『アメリ』。物語のキーアイテムとして登場したベルガモットキャンディの缶は、1840年から続く老舗スイーツ店「ルフェーヴル・ルモワーヌ」のもの。店内にはアメリのポスターや映画の劇中写真も飾られています。スタニスラス広場の門が描かれたレトロなキャンディ缶は、映画ファンならずとも欲しくなるかわいさ!
■ ルフェーヴル・ルモワーヌLefèvre Lemoine
・住所: 47 Rue Henri-Poincaré, 54000 Nancy
・URL: http://www.lefevre-lemoine.fr
●マカロン
砂糖と卵白とアーモンドを使った焼き菓子、ということは共通していますが、実はフランスにはさまざまなマカロンが存在することをご存知ですか? パリの名店「ラデュレ」などでよく見る、間にクリームを挟んだマカロンは比較的最近の20世紀初頭生まれで「マカロン・パリジャン」と呼ばれています。もっと歴史の古いナンシーのマカロンは、1枚ずつ焼き上げたシンプルなもので、ひび割れた表面が特徴。その昔、ふたりの修道女が、厳しい戒律のある修道院で、栄養のあるおいしいお菓子をと考案したのがこのマカロンでした。
ナンシーのマカロンはいろんなお店で作られていて、食感や味わいは少しずつ異なりますが、地元の人の多くがおすすめ店として挙げるのは1793年創業の「メゾン・デ・スール・マカロン」。昔ながらの修道女のレシピで作られています。原材料にもこだわっていて、使用しているプロヴァンス産のアーモンドは植樹するところから携わっているそう。外はカリッと、中はモチッとした食感で、カラメルにも似た懐かしい味わいです。
■ メゾン・デ・スール・マカロンMaison des Soeurs Macarons
・住所: 21 rue Gambetta, 54000 Nancy
・URL: https://www.macaron-de-nancy.com
ナンシーでは、「ナンシー・パッション・シュクレNANCY PASSIONS SUCRÉES」という認証制度を設け、昔ながらの伝統的なレシピを守り、地元産やこだわりの材料を使って手作りしている伝統菓子店にこの称号を授けています。「メゾン・デ・スール・マカロン」のほかに、1850年創業の「コンフィズリー・ラロンド」もこの認証を受けているお店で、いつも地元客でにぎわっています。
ラロンドでは、伝統のマカロンやベルガモットキャンディのほか、アーモンドペーストをキャラメルコーティングした「クラックリンLes Craquelines®」や、アイシングコーティングしたプラリネ「ロレーヌ公爵夫人Duchesses de Lorraine®」もおいしいので、ぜひ食べてみてください。
■ コンフィズリー・ラロンドConfiserie Lalonde
・住所: 59 rue Saint Dizier, 54000 Nancy
・URL: http://www.lalonde.fr
ナンシーのお菓子屋さんや市場を巡っていると「Mirabelle」という表示をよく見かけるはず。これは「ミラベル」と呼ばれるスモモの一種で、ナンシーを含むロレーヌ地方名産のフルーツ。やさしい甘さでフランス人が大好きな果物なんですが、夏から秋のわずかな時期にしか出回らず生で食べられる期間が短いので、シロップ漬けにしたり、お菓子やジャム、ジュースなどに加工したものがたくさん作られています。運よく市場などで生のミラベルを見つけたら、日本には持ち帰れない味をぜひ現地で楽しんでみてください。
ナンシーの中央市場は1852年オープンの歴史ある市場。屋根のある屋内市場なので雨の日でもOKです。青果や肉、魚、チーズ、ハムなどなんでも揃いますが、市場にしては珍しく、おしゃれなレストランを備えています。サラダやロレーヌ地方の名物キッシュ・ロレーヌなども食べられるので、小腹が空いたときやランチをさっと済ませたいときにも覚えておくと便利なアドレス。
■ ナンシーの中央市場
・住所: Place Henri Mengin, 54000 Nancy
■ ランプロンプチュL'impromptu(市場内のレストラン)
・URL: https://www.limpromptu.com
1日の締めくくりはちょっと奮発して、ナンシーの人気レストラン「ル・カピュ」へ。このお店で20年シェフを務めるローランスさんによる、季節の新鮮な地元食材を使った洗練されたフランス料理がいただけます。
ベルガモットで風味付けされたフォワグラのテリーヌや、地元ロレーヌ産のセップ茸とフォワグラ、トリュフの入った燻製ブイヨンスープなど、捻りの効いた味付けや調理法に感動の連続! 地下にカーヴを所有するだけあって、ワインとのペアリングもさすがです。
レストラン「ル・カピュ」では€18のランチコースも人気。スタニスラス広場から徒歩5分ほどなので、ディナー後は時間があれば広場のライトアップを見てからホテルに戻るのもおすすめです。
■ ル・カピュLe Capu
・住所: 31 rue Gambetta, 54000 Nancy
・URL: https://www.lecapu.com
パリからナンシーへはTGVで約1時間30分。日帰りでも行ける距離ですが、実はまだまだ町なかのアールヌーヴォースポットはたくさんあります。ぜひ1、2泊して、美術館のようなこの美しい町をゆっくり散策してみてください。観光案内所には町なかのアールヌーヴォースポットをまとめた日本語パンプレットもありますよ。
■ 観光案内所
・住所: Place Stanislas(スタニスラス広場の一角)
・URL: https://www.nancy-tourisme.fr
ホテルはナンシー駅とスタニスラス広場周辺に集まっています。地球の歩き方フランス編でもおすすめホテルを数軒紹介していますが、ガイドブックに掲載していないちょっぴり個性的なお宿を一軒紹介しましょう。
中心部から少し離れた「ヴィラ1901」は、オーナーのイザベルさんが家族で30年暮らした家を改装したペンション。部屋数は5室で、最上階以外は黒を基調としたインパクトのあるインテリアでまとめられています。このあたりは1900年初頭にアールヌーヴォーの地区づくりが計画されたソリュプト地区といい、宿の近くでは実際に住民が暮らす6軒のアールヌーヴォー邸宅を見ることができます。
■ ヴィラ1901Villa1901
・住所: 63 av. du Général Leclerc, 54000 Nancy
・URL: http://www.lavilla1901.fr
アールヌーヴォーと伝統菓子を巡るナンシーの1日観光プラン、いかがでしたか? 毎年夏(6月中旬〜9月中旬)と冬(11月下旬〜12月下旬)の夜には、スタニスラス広場の市庁舎で、音と光のプロジェクションマッピングショーが開催されます。この時期に訪れる方は観光局のサイトで開催時間を確認して、旅のプランに組み込んでみてくださいね!
■ ナンシーのクリスマスマーケットの様子はこちら
・URL: https://news.arukikata.co.jp/column/sightseeing/Europe/France/MULHOUSE/146_161854_1577154678.html
取材協力
●フランス観光開発機構
・URL: https://jp.france.fr
●ナンシー観光局
・URL: https://www.nancy-tourisme.fr
地球の歩き方編集部 上田暁世