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ジャパンクタニとして世界に知られる色彩鮮やかな九谷焼。その原料となる花坂陶石の産地、石川県・小松には、いにしえからの石の文化とものづくりの伝統が息づいています。2016年には、その歴史と文化が日本遺産に認定されました。今回はそんな小松で訪れてみたいスポット、進化する石の文化を伝えていく人々に出会う旅に出かけてきました。
小松で最初に訪れたのは観音下(かながそ)町。JR小松駅前から南東の山間に向けて車で20分ほど。観音下の集落の中を少し歩くと、目的地の観音下石切り場にたどり着きます。この石切り場の歴史は大正初期に始まります。黄色味を帯びた観音下石は、防火性に優れカビにも強い性質から、国会議事堂をはじめとした日本の近代建築に使用されました。また一般家庭においても石塀や門などに広く活用されています。
目の前に覆いかぶさるように垂直に聳え立つ石壁。その高さは50m超。壁面には正確に切り出されたであろう採石跡や頭上はるかに彫刻された採石年月が見られ、その当時の作業の様子をうかがい知ることができます。
ふと目線を下げると、足元から続く石段が目に入ってきます。イギリス・スコットランド出身のアーティスト、ジェリー・ブルック氏による2018年の作品で、観音下石を階段状に配して制作されたもの。実際に登ってみることができ、最上段からは、より間近に壁面を見ることができます。
2016年、観音下石切り場は日本遺産「珠玉と歩む物語・小松~時の流れの中で磨き上げた石の文化~」の構成文化財となりました。地域の歴史や文化に培われた特徴をストーリーとして取らえて、地域全体の魅力を発信していこうと創設された日本遺産。近代日本建築と人々の暮らしを支えた観音下石切り場は、いまもって計り知れないエネルギーを発し続けています。
■観音下石切り場(かながそいしきりば)
・住所: 石川県小松市観音下町ハカ1-1
・アクセス: 車ではJR小松駅前から国道416号を通り、20分ほど。バスではJR小松駅より尾小屋行きに乗車し観音下で下車(本数が少ないので要注意)
・URL: https://kanagaso.info/stone/
色彩鮮やかな陶磁器、九谷焼に欠かせないもの。それは小松市花坂町から産出される「花坂陶石」です。九谷焼の原料となるこの「石」が発見されたのは江戸後期の1811年。発見から200年以上もの間、この良質な石を砕いて九谷焼の陶土(粘土)を作るという伝統的な製法が連綿と続いています。陶土を成形して焼いたものを生地といいますが、そのもとになる陶土づくりもまた、九谷焼が豊かな色彩を奏でるための重要なファクターとなっています。
2019年5月、陶石産地の近くにオープンしたのが「九谷セラミック・ラボラトリー」。通称、CERABO KUTANI(セラボクタニ)と呼ばれる複合型の工房は、九谷焼の陶土を作る製土工場、ろくろや色絵付け体験ができる工房、若手作家の作品が見られるギャラリーなどで構成されています。建築設計は世界的な建築家の隈研吾氏。美しいたたずまいが魅力の創作工房で、九谷焼の世界を体感してみてください。
■九谷セラミック・ラボラトリー(CERABO KUTANI)
・住所: 石川県小松市若杉町ア91
・電話: 0761-48-4235
・営業時間: 10:00〜17:00
・料金: 300円(高校生以下の学生は150円)
・定休日: 毎週水曜日、年末年始
・アクセス: JR小松駅よりタクシーで約10分
・URL: https://cerabo-kutani.com/
この地で九谷焼の生産がはじまって以来、陶土づくりや型作り、生地や上絵付けといった工程それぞれに、独自の技術や技法が生まれてきました。多種多様、個性豊か、百花繚乱。石から生まれる九谷焼は、常に進化し続ける彩り豊かな石の文化と言えるのかもしれません。
そんな九谷焼の工房は、どれほど敷居が高いのだろうと思いながら、まずは德田八十吉陶房へ。人間国宝を父に持つ四代八十吉氏は、2019年に大病を患い、その経験から構想を得た作品をも発表する情熱あふれる作家です。作陶の工程や色やモチーフに関する話をうかがっていると、気さくさの中に作品にかける深い想いが伝わってきます。
九谷焼の技法のひとつ、色の濃淡(グラデーション)で見せる「彩釉」を極めた三代八十吉氏。その技法を継承した上で、四代八十吉氏独自の技法によって生み出される慈愛に満ち溢れた作品の数々は実に印象的です。その優しい色使い、美を追求した作品との出合いの場については、ホームページの「個展のご案内」の欄で案内中です。四代八十吉氏が運営するYouTube「九谷やそチャンネル」でも個展や作品の解説、近況などを発信中。こちらも実に楽しく要チェックです。
■德田八十吉陶房(とくだやそきちとうぼう)
・住所: 石川県小松市金平町新5
・電話: 0761-41-1234
・URL: http://www.tokuda-yasokichi4th.jp/
*訪問の際は事前にご連絡をお願いします。
小松市高堂町の九谷焼竹隆窯は、北村隆氏が初代、息子である和義氏が二代目。九谷焼の伝統技法を用いた作品の数々は、代表作の北前船絵皿のほかにも、昆虫のフィギュアやスニーカーをもモチーフとするなど、幅広い世代のファンから支持されています。初代・北村隆氏は2021年、花坂陶石から作る陶土に観音下石を1割ほど混ぜた九谷焼を焼き上げています。小松の石の文化を伝えるこの作品は、企画から完成まで約1年がかり。観音下石は鉄分が多く、焼きあがるとざらざらとした独特の風合いになるそうです。
ちなみに竹隆窯の工房建物は、富山県利賀村(現在の富山県南砺市・五箇山エリア)にあった念仏道場を移築したものだそうです。工房内部は、東大寺の故清水公照氏による襖絵や小松城から移築した茶室、総檜造りの仏間といった、さながら博物館のよう。パワフルな初代から繰り出される一言ひとことには、ものづくりへのこだわりと歴史と文化があふれていました。竹隆窯は進化する「クタニ」を発信する、エネルギー満載の工房です。
■九谷焼竹隆窯(くたにやきちくりゅうがま)
・住所: 石川県小松市高堂町ロ-156
・電話: 0761-22-1793
・URL: http://www.tikuryu.com/
*訪問の際は事前にご連絡をお願いします。
のどかな田園が広がる観音下の集落に、2017年に開かれた日本酒の酒蔵、農口尚彦研究所。農口尚彦氏と言えば、70年以上にわたり日本酒を作り続けてきた、“酒造りの神様”と言われる杜氏(とうじ)です。杜氏とは、いわば日本酒造りの専門職人を統括する責任者。日本酒の味を決める重責をになう存在です。そして、その名を冠した研究所からは、新しい日本酒文化が発信されています。
研究所では季節ごとに選んだ日本酒のテイスティングが可能です。杜氏、農口尚彦氏の酒づくりの歴史に触れるギャラリーを見学した後に、杜庵と名付けられた静かな空間で数種類の日本酒の飲み比べができます。茶室をイメージした四畳半のカウンター、観音下の四季の風景が写し出される大きな窓、そして特別な日本酒。運が良ければ、農口杜氏と楽しい会話ができるかもしれません。
■農口尚彦研究所(のぐちなおひこけんきゅうしょ)
・住所: 石川県小松市観音下町ワ1-1
・営業時間: 9:00~16:00
・定休日: 年末年始、お盆 (杜庵は水・木曜日)
・アクセス: JR小松駅よりバス、尾小屋行きに乗車し観音下で下車(本数が少ないので要注意)
・テイスティング: 1日1回14:15~15:45開催。予約制(ホームページから要登録)
・URL: https://noguchi-naohiko.co.jp/
大自然に囲まれた小松市大杉町に、2021年5月にオープンした文化体験型宿泊施設、伝泊 小松。約180年前の古民家を改修した「大杉谷川に佇む囲炉裏の宿」では、囲炉裏の火起こし体験や岩魚の炭火焼、猪鍋といった郷土料理の食体験などアクティビティはさまざま。夕食、朝食はオプションなので、備え付けのキッチンで思い思いの食材を楽しむことも、近隣のお店に出かけることも可能です。伝泊 小松には、一棟貸しの古民家宿「心酌み交わすうるおいの宿」もあり、自由に過ごせるのがうれしい宿泊施設となっています。
■文化体験型宿泊施設 伝泊 小松(でんぱく こまつ)
・住所: 石川県小松市大杉町寅110
・電話: 080-2144-3122(10:00〜18:00)
・アクセス: JR小松駅より車で約30分
・URL: https://www.denpaku-kogei.com/
*予約については公式ホームページのお知らせ欄もあわせてご覧ください。
小松市三日市町にある海産物商、角源(すみげん)の創業は、かつて北前船によって運ばれてきた海産物で商いを始めたことに由来しています。その時代とは江戸末期。以来150年以上もの間、代々の後継者によってのれんが守られてきた小松の老舗です。町家づくりの建物内には、この地域の伝統的な保存食である糠漬けや粕漬け、名産の佃煮など、お酒や御飯が進みそうなものばかり。小松に来たら、ぜひとも立ち寄っていただきたい。
■角源(すみげん)
・住所: 石川県小松市三日市町9
・電話: 0761-22-4214
・営業時間: 9:30~18:00
・定休日: 毎週水曜、年末年始
・アクセス: JR小松駅西口より徒歩5分
・URL: https://www.sumigen.co.jp/
取材・文=植木孝(地球の歩き方)
写真=上田順子
取材協力=小松市
写真協力=農口尚彦研究所(*印)
※当記事は、2022年2月3日現在のものです