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独立行政法人 国際協力機構(JICA)
社会基盤部 都市・地域開発グループ第三チーム 藤原佑太
スラマッ・シアン!みなさん、こんにちは。
東南アジア最大のメガシティ、インドネシアの首都ジャカルタ。無数のバイクが通りを埋め尽くし、近代的な高層ビルの足元には迷路のような路地裏が広がる…その熱気とエネルギーに圧倒されたことのある旅人も多いのではないでしょうか。
そんなジャカルタを訪れたら、誰もが夢中になるのが奥深いローカルグルメの世界です。今回は、旅の醍醐味である名物「パダン料理」の魅力と、急成長を遂げる大都市の暮らしを支える「手が届く住まいづくり(アフォーダブル住宅)」の最前線をご案内します!
インドネシアの食といえばナシゴレンやサテが定番ですが、現地の空気感とスパイスの奥深さをダイレクトに体感できるのが、スマトラ島西部の伝統料理であるパダン料理です。
まず、席に着いた瞬間に驚きのエンターテインメントが始まります。店員さんが両腕に十数枚もの小皿を器用に重ねて運び、注文もしていないのに、テーブルの上を埋め尽くすようにずらりと料理を並べていきます。これは「ヒダン」と呼ばれるパダン料理伝統のスタイルで、小皿の中から自分が箸をつけた料理の分だけあとでお会計をするという、合理的で明朗なシステムになっています。一皿300円~400円程度とリーズナブルな価格設定です。
なかでもぜひ味わっていただきたいのが、牛肉をココナッツミルクとたっぷりのスパイスでじっくり煮込んだ「ルンダン」。過去に世界的なメディアで「世界一おいしい料理」の第1位に選ばれたこともある逸品です。辛口で、口の中でホロホロと崩れる牛肉に染み込んだ、濃厚なコクとスパイスの香りは絶品です。
おいしい料理でお腹を満たしたあと、ふと街を歩くと、目覚ましい発展を遂げるジャカルタが抱える課題が見えてきます。
地方からの急激な人口流入が続くインドネシアでは、誰もが無理のない費用で安心して暮らせる「手頃で良質な住まい(いわゆるアフォーダブル住宅)」の確保が極めて深刻な課題となっています。
現在、自分たちの家を持てない「マイホームの不足(住まいの『数』の不足)」は960万戸。さらに、家屋の構造や耐震性、衛生面、過密、上下水道などの基礎インフラに課題を抱える「安全・衛生面での基準不足(住まいの『質』の不足)」は、なんと2,340万戸にものぼります。おおよそ3,000万世帯が、住まいの悩みを抱えている計算です。
この巨大な課題に応えるため、インドネシア政府は「年間300万戸」という極めて野心的な住宅供給目標を掲げ、新たに「住宅居住地域省(KemenPKP)」を立ち上げるなど、国を挙げた挑戦をスタートさせています。
そんな都市住宅の歴史をたどるべく、今回私たちが視察に訪れたのが、南ジャカルタに位置する「パサールジュマット集合住宅」です。観光名所ではありませんが、ここはインドネシアの集合住宅の歴史において特別な意味を持つ場所です。
平屋の一戸建てに暮らす文化が根強かったインドネシアにおいて、過密化する都市空間を有効に使うため、JICAの協力などを通じて中高層集合住宅の実証・普及を目指して建設されたのがこの建物でした。
見上げると、年月を経て味わいを増したコンクリートの骨組みや、南国の強い陽射し・雨を遮る窓の庇(ひさし)など、当時の工夫が随所に見られます。
現地では公営住宅を供給・管理する公社「ペルムナス(PERUMNAS)」のスタッフと意見交換を行いました。実際に現場を歩くと、建物を建てる技術だけでなく、「どうやって適切な家賃を設定し、滞納を防ぐか」「所得の確認をどうするか」「共用部分の維持管理をどう進めていくか」といった、建てたあとに人々が安全・快適に暮らし続けるための仕組みづくりこそが、集合住宅の大きな壁であることがひしひしと伝わってきました。
続いて訪れたのは、ジャカルタ首都特別州政府が運営する公営賃貸住宅「ルスナワ・カ・エス・トゥブン(Rusunawa・KS Tubun)」です。※ルスワナ(Rusunawa):インドネシア語で低所得者向け公営賃貸住宅の略称
パサールジュマットとは対照的に、すっきりと青空に映える近代的な高層マンションのような外観。しかし、一歩エントランスをくぐると、そこにはいかにもインドネシアらしい、活気あふれる空間が広がっていました。
建物の2階通路には、小さな売店や軽食を売るスペースが並び、住民たちが談笑しながら商いをしています。
これは、入居者の生計向上を支援するために州政府が設けたスペースです。低所得層の暮らしを支えるため、単に住居を貸し出すだけでなく、日々の収入を得るための場を住宅の中に組み込む工夫がなされていました。
近代的な高層ビルの中にあっても、路地裏の温かなコミュニティや商いの文化を失わない、温かい都市の暮らしを垣間見ることができました。
戦後の激しい住宅不足のなか、日本もかつて日本住宅公団や公営住宅、住宅金融公庫などを立ち上げ、限られた予算と土地の中で大量の住宅を供給し、試行錯誤を繰り返しながら街をつくってきました。
そして今、日本が経験してきた「団地や集合住宅の維持管理」「住民の高齢化や建替え」「駅前を中心とした公共交通と街の一体的な開発(TOD)」といった数々の教訓が、まさに急速に発展するインドネシアにとって貴重な道しるべになろうとしています。
2027年1月には、新設されたインドネシア住宅居住地域省などの政策決定者を日本に招き、日本の住宅政策の歴史や現場を学ぶ「国別研修」の実施が計画されています。単なる日本の成功談だけでなく、日本が直面してきた課題も含めて共有し、インドネシアの風土や社会に合った「安心・安全な住まいづくり」のロードマップをともに描いていく予定です。
旅の途中で味わう絶品のパダン料理や、賑やかな路地裏・ショッピングモールの風景。その活気ある日常を足元から支えているのは、人々の安心な「住まい」と「暮らし」を守ろうと奮闘する現地の人々と、海を越えて知恵を出し合う協力の輪でした。
次にジャカルタを訪れたときは、美味しいグルメに舌鼓を打ちつつ、ぜひ車窓から広がる高層住宅や街並みを眺めてみてください。そこにはきっと、巨大都市の未来を拓く人々の情熱と、日本との確かな絆の物語が見えてくるはずです。