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激動の中東パレスチナから世界遺産を目指して。ヒシャーム宮殿を支えた日本のODA

JICA都市・地域開発グループ

JICA都市・地域開発グループ

国際協力機構

更新日
2024年3月11日
公開日
2024年3月11日
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執筆者:独立行政法人 国際協力機構(JICA)社会基盤部都市・地域開発グループ第二チーム 水上 貴裕「地球の歩き方Web」愛読者の皆様、こんにちは! JICAの水上です。第5回の今回はちょっと趣を変えて、国際ニュースで連日報じられるパレスチナにおける、日本の人々にはまだほとんど知られていない、ある文化遺産をめぐる最新の取り組みをご紹介したいと思います!

紛争に苦しむパレスチナ。その土地に眠る、秘められた価値とは?

パレスチナでいま何が起きているのか、国際ニュースで毎日ご覧になっている方も多いのではないかと思います。中東のなかでも特に話題になりやすいこの地域は、大まかに分類するとガザ地区とヨルダン川西岸地区という飛び地の2ヵ所によって構成されており、その面積合計は6020平方キロメートル(ほぼ茨城県と同じ)。

2023年10月7日以降、ガザ地区におけるイスラエルとの衝突が国際社会でも注目を集めており、日本人にとってなかなか気軽に旅ができる場所ではない印象もありますが、この地域にはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地があり、紀元前から続く非常に長い歴史と、そのなかで数多くの王朝や宗教により生み出された、たくさんの文化的な遺跡がある地域でもあるのです。

実際に古くから、各宗教の信者には重要な巡礼先であり人気の観光地です。つまり、観光や歴史研究でさらに広く世界中の人々に楽しんでもらえる可能性がある、非常に価値ある場所ともいえます。

古都ジェリコに眠る1300年前の遺跡、ヒシャーム宮殿

ヒシャーム宮殿、その奥にあるのは?(JICA撮影)

そんな秘められた価値を持つパレスチナにある遺跡のひとつに、ヨルダン川西岸地区の都市ジェリコの「ヒシャーム宮殿」があります。

この宮殿は今から約1300年前にあたる8世紀前半ごろのウマイヤ朝時代に建設され、初期のイスラム建築を代表する遺跡として、考古学の世界では広く認知されています。その最大の特徴は、中東最大級のモザイク床。

宮殿最大の見どころである見事なモザイク床(JICA撮影)

現代のような豊富な塗料がない時代に、異なる色味の天然の岩や石を砕いて作られた小さな角片を組み合わせ、鮮やかなイスラム式の文様を宮殿大浴場の床に描いた様は、歴史的価値を直感できる美しさを私たちに見せてくれます。

場所も観光客でにぎわう隣国ヨルダン(映画『インディ・ジョーンズ』や『STAR WARS』のロケ地として有名ですね!)との国境から車で30分ほどと地理的にもアクセスしやすく、世界中から注目される観光地になる可能性があります。

そんな貴重な歴史的資産を守り、世界にPRするため、パレスチナ観光遺跡省(MoTA)にはこの宮殿をユネスコ世界文化遺産に登録しようという夢があります。

しかし、その実現に向けた大きな課題のひとつが、観光と展示を両立する難しさです。およそ1300年前の建造物であるヒシャーム宮殿は、日光や雨風に晒されることによる建築物の風化が課題となってきました。遺跡の保存を優先するため、先述の見事なモザイク床は、防護のための砂やジオテキスタイル(合成繊維シート)で覆われた状態が長く続いていました。これではせっかくのモザイク文様も見ることができず、また、一部の観光ガイドがシートをめくって見せるなどして、遺跡の一部が傷ついてしまう等のケースも見られ、適切な設備や対策の充実が求められていました。

無数の石片で築き上げられたモザイク床(JICA撮影)

世界遺産を目指すヒシャーム宮殿遺跡の保存に貢献した、日本のODA

ODAで建設されたヒシャーム遺跡保護シェルターの内部(JICA撮影)

私たちJICAはまず、宮殿遺跡の大浴場謁見ホールをすっぽりと覆う大規模なシェルター兼展示施設の建設を2016年から資金協力によって支援。日本企業によって設計・建設されたシェルターにより、謁見ホールのモザイクは日光や雨風からは守られるようになりましたが、施設だけではなく持続的にこの遺跡を保存していくための技術移転も支援する必要性がありました。

瀧本専門家(右)とMoTAの同僚たち(JICA撮影)

そこへ2022年から現在までの技術協力を担うためにMoTAに派遣されているのが、ユネスコでも勤務経験のある日本人の瀧本めぐみ専門家。ヒシャーム宮殿遺跡を適切に保存し続けるためのマネジメント・プラン策定を支援し、ときには隣国ヨルダンでの遺跡保存活動の現場でパレスチナ人の同僚に学んでもらうために視察研修計画を立案・実施・引率するなど、積極的な活動に取り組んでこられました。1300年以上の歴史があるヒシャーム遺跡の保存活動に、多くの日本人が活躍してきたのです。

イスラエルとの衝突による活動の一時中断を乗り越え、たどり着いた世界遺産への推薦

瀧本専門家とMoTAスタッフ、ジェリコ市職員による現地での活動風景(JICA撮影)

MoTAによる遺跡保存の体制確立に向けて、技術的支援・助言の活動の総仕上げに入ろうとしていた瀧本専門家とJICA。

このタイミングで発生してしまったのが、2023年10月のイスラエルとの衝突でした。ガザ地区とイスラエルの間で起きた衝突の影響は、直接的には被害を受けていなかったヨルダン川西岸地区にも大きく波及。パレスチナ全域の混乱を受け、JICAの現場での活動も一時中断することになりました。

ヒシャーム宮殿遺跡の現地はおろか、MoTAの同僚たちが働くオフィスにも行けなくなってしまった瀧本専門家でしたが、離れ離れになってしまってからも、コロナ禍で発達したリモート勤務体制を活用して、遠隔で遺跡マネジメント・プランの準備を進めていきました。瀧本専門家と直接会えず、オンライン会議で顔を合わせても、地域情勢の緊迫や混乱でどんどん困難な勤務環境になっていく同僚たちとの仕事は困難を極めましたが、そんななかでも瀧本専門家はチームメイトたちを鼓舞し、ヒシャーム宮殿遺跡を守っていこうという機運を維持し続けていきました。

そんな瀧本専門家との協働を続けたMoTAのスタッフたち。ヒシャーム遺跡保存をPR・啓発するために予定されていたジェリコでの地域イベントが中止になるなど、衝突の影響も多分に受けた彼らですが、遺跡のすばらしい価値は変わりません。限定的な勤務体制の中で活動を続けたMoTAの努力が重なり、2024年2月1日、ついにパレスチナ自治政府によるユネスコへの世界遺産推薦書提出へ辿り着いたのです!

世界遺産推薦書をついにユネスコへ提出(MoTA提供)

今回辿り着いたのは、世界遺産登録への「推薦書」提出であり、実際の登録に向けた審査はまだまだこれから。しかし、その過程で注目される重要な観点のひとつ「適切な保存管理体制がとられているか?」というポイントにおいて、これまで日本が協力してきたシェルターや遺跡マネジメント・プランの存在は重要視されると見込まれています。

まとめ

ヒシャーム宮殿遺跡を巡るさまざまな挑戦において、パレスチナや日本などで多くの方々が汗をかき、知恵を絞ってきました。遺跡の長い歴史のなかでも、今年2月の世界遺産推薦はひとつの大きな節目になりますが、パレスチナを含むこの地域において、ヒシャーム宮殿のような歴史的な価値のある文化遺産は、平和を求める理由として重要な存在のひとつとなり得ます。

日本政府がこの地の安定に向けて提唱する「平和と繁栄の回廊」の実現に、文化的価値の面から貢献する遺跡保存支援の取り組み。いつかパレスチナやジェリコに日本人も気軽に訪れられる日が来たら、ぜひ日本のODAが支えているヒシャーム宮殿遺跡を訪れてみてください!

ヒシャーム宮殿

電話番号
(02)2322522
営業時間
8:00~18:00(3月〜10月)、8:00~17:00(11月〜2月)
入場料
10NIS(2024年3月時点で約409円)

2024年3月現在、外務省の安全情報では、周辺の一部地域が危険度2~3に分類されています。

現地渡航の際には、現地の状況をよくご確認ください。 海外安全ホームページ: 危険・スポット・広域情報

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