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温泉大国ジョージアで湯めぐり!美しい風景と多彩な食文化を堪能

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1枚の写真が旅先を決めることがあります。いつものようにインターネットで世界の温泉画像を検索していて、ある写真に目が釘付けになりました。白い石灰華で覆われたミルキーブルーの露天風呂。温泉を噴き上げる湯口。周囲の牧歌的な風景。あまりにも美しい野湯です。ジョージアにあるヴァニ温泉のようですが、詳細は分かりません。ただ、翻訳機能を使ってジョージア語のサイトを調べると、次々と魅力的な温泉写真が見つかります。「よし、次はジョージアに行って温泉を探してみよう」と旅立ちました。

濃厚な温泉が湧く「あたたかい場所」トビリシ

ヨーロッパの東端、コーカサス地方に位置するジョージア。かつてはロシア語読みでグルジアと呼ばれていましたが、2015年に日本での呼び方をジョージアに変更しました。長い歴史と独自の文字を有し、ワインや料理がおいしく、知る人ぞ知る人気の旅行先です。

ジョージアへの直行便はないので、ヨーロッパや中東で乗り換えが必要です。筆者はトルコ・イスタンブールで乗り換えて、ジョージアの首都トビリシ空港に着きました。旧市街にあるホテルにチェックインしたら、すぐに歩いて温泉へ出かけます。なんとトビリシには温泉があるのです。そもそもトビリシはジョージア語で「あたたかい場所」という意味だそうで、温泉に由来するというから驚きです。

トビリシ旧市街の温泉街。奥にナリカラ要塞が見えます

旧市街の温泉街にはオスマン帝国時代の影響を受けた独特な丸天井が並んでいます。東洋と西洋が融合したような不思議な景観です。「アバノトゥバニ(硫黄温泉)」と名づけられた一帯には個室風呂を備えた入浴施設が軒を連ねています。小さな浴槽がひとつあるだけの個室が大半ですが、このときは、温泉と湧水の2浴槽を備えた大きめの個室が空いていました。硫黄臭の漂う湯がかけ流しの本格的な温泉です。浴槽が大きいため手足を伸ばしてゆったり浸かれます。首都にあるホテルに投宿後、すぐにひとっ風呂浴びて旅の疲れを癒せる国はなかなかありません。

ジョージア語と英語で書かれた硫黄温泉の看板。丸が多くてかわいらしい文字です
No.5という名の施設の浴室。左は湧水を利用した水風呂で、右が温泉浴槽です

まずは念願のヴァニ温泉へ

ジョージアは全土に渡って温泉が湧いていますが、このときは西の黒海方面へ向かいました。トビリシで専用車をチャーターして、3時間半ほどでヴァニの町に到着。

この道の先に目指すヴァニ温泉があります

地元の人に写真を見せると、すぐに場所はわかりました。少し戻ってわき道に入ると、放牧場の片隅の湿地に目指す温泉が見えました。温泉の色は完璧なまでのミルキーブルー。湯温は40℃弱で、硫黄臭が漂い、まさに日本人好みの野湯です。天気は快晴。草を食む馬の群れを眺めながらの入浴は夢見心地でした。

ヴァニ温泉の全景。周囲はぬかるんでいるのでサンダルが必要です
湯口付近には、キメの細やかな石灰棚が形成されています

噴泉塔で知られるノカラケヴィ温泉へ

つづいて、逆光に照らされた噴泉塔の写真が気になったノカラケヴィに向かいます。かつての政治・文化の中心都市で、当時の遺跡も残っています。村の外れまで未舗装路を進むと、いきなり木立が開け、猛烈な蒸気が立ち込めていました。高さ1m強の噴泉塔がふたつ。勢いよく75℃の温泉を噴き上げています。逆光の中、立ち込める蒸気が噴泉塔の光背のように白く輝いています。ネットで見つけた幻想的な写真のままの光景に出合えたのは幸運でした。

美しい円錐形の噴泉塔。近づくとヤケドの危険があります
右奥にもうひとつの噴泉塔。猛烈な湯量の温泉が川となって奥へ流れていきます

蒸気は刻々と姿を変えるため、飽きずに写真を撮り続けていると、地元の少年が手招きで下流側へと誘います。「何があるのだろう」と興味津々で河原に降りると、噴泉塔の湯が流れ落ちる場所に高さ5~6mの湯滝がありました。石灰華で覆われた白い滝は美しく、歓喜の声を上げて写真を撮ると、少年も嬉しそうに笑ってくれました。

流れた先で、温泉は真っ白い石灰華滝を形成していました
川原の即席露天風呂。浅くてぬるいですが、浸かりたいという想いの結晶です

ひとしきり写真を撮って落ち着くと、少年がまた別の場所に案内してくれます。滝を流れた湯が川原を伝って、テレク川に流れ込む地点に、石を敷き詰めた即席の露天風呂が作られていました。「あー。温泉があるなら浸かりたいという『温泉バカ』がこの国にもいるのだ」と胸が熱くなります。インターネットでは噴泉塔以外の情報がなかったので、少年に出会わなければ噴泉塔だけ見て帰るところでした。長い間、温泉旅を続けていると、時折「温泉の神」が助けてくれたのではないかという不思議な体験をすることがあります。

チャルトゥボの町で「カエサルのキノコ」を堪能

その後、ズグディディサハルペディオツァイシなどの温泉を訪ねました。どこも高温の温泉が垂れ流し状態で利用されていません。ジョージアの温泉ポテンシャルの高さには驚かされますが、それにしてももったいないです。

ズグディディの巨大な石灰棚温泉はただ流れ去るだけ。左上の黒いのは切り株です

この日はチャルトゥボ(ツカルトゥボ)という温泉町で宿泊しました。ジョージアは旧ソ連の中で南部に位置するため、「避寒地」として労働者が冬場の温泉療養に訪れたそうです。すでに廃墟になってしまった施設や、民間企業がリニューアルした施設が町中に混在しています。

もう夜なので、ドライバー兼ガイドのルルアさんと夕食に出かけました。「好き嫌いはないので、地元の食材を頼んでください」とお願いしました。店員と話していたルルアさんがちょっと興奮気味に「珍しいキノコがある」とのこと。「ジョージアでもあまり出回らないキノコがいま、旬だ」というのです。9月中旬でしたので、キノコが旬といわれても驚かず、正直なところ、「キノコかぁ」と舐めていました。

ところが、ひと口食べてびっくり。塩だけのシンプルな味付けですが、マツタケを凌ぐような芳香と、肉厚でジューシーな歯ごたえは人生で初めての経験です。

傘の開いたキノコは外側でカリッと、つぼみのキノコは内側でジューシーに蒸し焼きされています

驚いて名前を尋ねると「王のキノコと呼ばれているが、英語名は知らない」とのこと。帰国後に調べてみると、日本にはない「セイヨウタマゴタケ」で、別名は「カエサルのキノコ」。さすが古代ローマの英雄の名を冠したキノコです。群生はせず栽培も難しいというので、野生のマツタケに相当するようなものでしょうか。

ルルアさんは「過去2回食べたことがあるが、こんなにおいしいのは初めてだ」と話していたので、ジョージアでも貴重なようです。ジョージアの温泉を思い浮かべると、いつもこのキノコが一緒に蘇ってくるほどのインパクトでした。

スパイスを効かせたヒンカリは日本人の口に合います

ジョージアの料理は本当においしく、どこで食べても何を食べてもハズレはありません。肉や魚料理はもちろんですが、水餃子と小籠包をミックスしたようなヒンカリは特に気に入りました。

スターリンも訪れた温泉施設がある

宮殿のような入浴施設No.6

翌朝は「No.6」という名前の施設で日帰り入浴を楽しみました。旧ソ連時代の施設を改装したそうで、宮殿のように美しい建物です。建物正面の上部には、なんとスターリンが人々に囲まれているレリーフがありました。彼はジョージアの出身で、チャルトゥボの温泉を何度も訪れたそうです。

スターリンのレリーフ(写真中央)

ロビーは天井が広く豪壮な雰囲気。水着着用の大浴場か裸で入浴できる個室を選択します。個室を選ぶと、係員が案内してくれました。改装された個室はきれいで、白いバスタブが置かれています。壁面に使われている縞模様が美しいグレーの石材は、日本で見たことがないものでした。

鮮度のいい炭酸泉を楽しめる個室風呂

入浴時間は20分と決められ、砂時計がセットされます。浴槽内では体を動かさず入浴するようにとのこと。無味無臭ですが、36℃の不感温度の湯が絶えず下側から流入していて、無数の気泡が体の表面を覆います。なるほど、だから「動くな」と指示されたのでしょう。いつまでも入浴していたい気持ちよさでしたが、時間が来るとバスタオルを渡され、終了です。

ヨーロッパの伝統的温泉町のようなボルジョミ

No.6で入浴を楽しんだあとは、南部のボルジョミに向かいます。途中で、シモネティ村に立ち寄りました。ここにも、ウェブで見つけた気になる温泉があったのです。

いつまでも浸かっていたいシンプルな露天風呂

人家の並ぶ細い通りを抜けると、開放感のある露天風呂がありました。何の変哲もない長方形のプールですが、35~36℃の豊富な源泉がかけ流しです。雲ひとつない青空の下で草原や木々を眺めて浸かれます。ジョージアの温泉の印象に新たな1ページを与えてくれる素朴な温泉です。

緑豊かな温泉街は、ここがヨーロッパであることを実感させてくれます

あとは一気にボルジョミへと向かいます。ボルジョミはジョージア有数のミネラルウォーターの産地で、美しい公園を中心にヨーロッパ風の温泉街が発達しています。飲泉が主体の温泉地で、ドイツやチェコの温泉地と似た雰囲気です。

周囲の風景に溶け込むような飲泉場のデザイン

公園内を進むと、明るい緑色でお椀を伏せたような鉄骨建築が見えます。ここが飲泉場で、源泉は透明な六角形のガラス屋根の中に湧いています。蛇口は2ヵ所あり、飲んでみると苦みとエグ味が強く、決して飲みやすいとはいえません。チェコの「カルロヴィ・バリ」の温泉に似た泉質です。出荷しているミネラルウォーターは臭いを抜き、ガスを加えているとのことでした。

誰でも無料で温泉水を汲むことができます
チェコのカルロヴィ・バリと同じような飲泉カップが販売されていました

西洋資本のホテルもあり、ジョージアのほかの温泉街とは雰囲気がずいぶんと異なります。将来的には、リゾート温泉地として発達していく可能性を秘めています。ジョージアの温泉は本当に奥が深いです。なお、少し離れた場所に露天の温泉プールがあるのですが、このときは時間切れで行けませんでした。

もっとジョージアを知って、旅してほしい

カフカス山脈の南に位置するジョージアは、隣接するアルメニア、アゼルバイジャンとともにコーカサス(カフカス)諸国と呼ばれてきました。東にはカスピ海、西には黒海があり、東西文明が行き交う要衝でした。北はロシア、南はトルコとイランという大国に挟まれているため、長らく他民族の支配を受け、19世紀前半からはロシアの支配下にありました。ソ連の崩壊に伴い、1991年に3つの国は独立しましたが、その後の歩みも平たんではなく、2008年にはロシアがジョージアに侵攻し、国土の一部を奪取して保護下においたまま現在に至っています。最近でもロシアによるウクライナ侵攻で、兵役を恐れたロシア人が多くジョージアに流入するといった状況が続いています。

ジョージアを旅していると、このような長い苦難の歴史を感じさせないほど、人々は温かく対応してくれます。素材を活かした料理は日本人の口に合いますし、ワイン発祥の地といわれるほどワインも有名です。温泉のポテンシャルは高く、泉質は多彩で、さまざまなタイプの入浴施設があります。世界遺産に登録されたムツヘタの歴史的建造物群をはじめ、古都の魅力を伝える施設も楽しみです。

世界遺産に登録されている古都ムツヘタのスヴェスティツホヴェリ大聖堂

筆者は、「ほぼ本邦初紹介!世界の絶景温泉」「さあ、海外で温泉へ行こう」の2冊の書籍で、ジョージアの温泉を採り上げました。あらゆる面で魅力溢れるジョージアを、ひとりでも多くの日本人が訪ねてもらえると嬉しいです。

本書で紹介した温泉一覧

温泉名 地名 州の名前
ヴァニ温泉 Vani (Dikhashkho) Bzvani, Vani イメレティ州Imereti
ズグディディ温泉 Zugdidi Zugdidi サメグレロ=ゼモ・スヴァネティ州Samegrelo-Upper Svaneti
ノカラケヴィ温泉 Noqalaqevi (Nokalakevi) Nokalakevi, Senaki Samegrelo-Upper Svaneti
チャルトゥボ温泉 Tskaltubo Tskaltubo Imereti
シモネティ温泉 Simoneti Terjola Imereti
ボルジョミ温泉 Borjomi Borjomi サムツヘ=ジャヴァヘティ州Samtskhe-Javakheti

参考文献

ジョージアの温泉のまとめサイト
https://wander-lush.org/natural-hot-springs-in-georgia-country/
ジョージア全土の温泉を示した学術論文
https://www.geothermal-energy.org/pdf/IGAstandard/WGC/2010/0167.pdf
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