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【フランス】長崎とイギリスが舞台『遠い山なみの光』がカンヌ映画祭で上映、現地での様子は?

守隨 亨延

守隨 亨延

フランス特派員

更新日
2025年5月23日
公開日
2025年5月23日
©︎Yukinobu Shuzui

5月13日から5月24日まで南仏のカンヌにて第78回カンヌ国際映画祭が開かれています。今年は日本映画が多く出品され、その中の「ある視点」部門でカズオ・イシグロさん原作、石川慶監督『遠い山なみの光』が選ばれています。5月15日に公式上映が行われた模様を、現地で取材しました。

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作品のあらすじとカンヌ現地での様子

©︎2025 A Pale View of Hills Film Partners 若き日の悦子を演じる広瀬すずさん

『遠い山なみの光』は、1982年に刊行された長崎とイギリスを舞台にしたカズオ・イシグロさんの同名小説の映画化です。1982年、日本人の母とイギリス人の父を持ち、ロンドンで暮らすニキが、足が遠のいていた郊外の実家を訪れるところから物語が始まります。

長崎で原爆を経験し、戦後イギリスに渡ってきたニキの母・悦子は、夫と長女を亡くし、想い出の詰まった家で一人暮らしをしていました。そこでニキは悦子と数日間を共にする中で、悦子が最近よく見るという夢についてニキに語り始めて、物語が展開していきます。

今回のカンヌには、石川慶監督をはじめカズオ・イシグロさん、広瀬すずさん、吉田羊さん、カミラ・アイコさん、松下洸平さん、三浦友和さんが訪れました。石川監督の作品がカンヌ国際映画祭に選出されるのは初。イシグロさんは、1994 年にコンペティション部門の審査員を務めて以来のカンヌ。広瀬すずさんは、 2015 年に参加した是枝裕和監督の映画『海街 diary』に続いて、2度目の同映画祭です。

©︎2025 A Pale View of Hills Film Partners カンヌのレッドカーペットに登場した石川監督とイシグロさん、出演者

上映前の登壇では、少しハプニングが。石川監督の挨拶に続いて司会のティエリー・フレモー・カンヌ国際映画祭総代表からマイクを振られたイシグロさん。「台本に書かれていなかったよ」と困惑しながらも笑顔でマイクを握ると、「この映画は私が 25 歳の時に書いた本がベースになっています。ひどい本なんです。私が書いた初めての本でして。でもひどい本から素晴らしい映画になるという長い長い歴史が映画にはあります」とスピーチしました。

そして「石川監督が本作の映画化の企画をくださったときに、素晴らしいアイデアだと思いました。美しい映画が生まれる可能性に満ちていた。そして、僕のその直感は正しかったんです。だから、今僕は次のひどい本を書こうと思ってます」と会場を沸かせました。

今の時代に重なる40年前からのテーマ

©︎2025 A Pale View of Hills Film Partners 佐知子を演じた二階堂ふみさん(右)

『遠い山なみの光』は、戦争と原爆に翻弄される女性の人生を軸に物語が展開していきます。時代設定は戦後間もない日本ですが、男性優位な社会における女性の葛藤、原爆被害者への社会からの風評、時代による価値観の変遷などは、今の時代にも十分に重ねることができます。

同作品はイシグロさんの小説の処女作。イシグロさんの母親は、19歳で長崎で原爆を体験して被曝し、イシグロさんはその息子として長崎に生まれました。その後、イシグロさんは5歳の時に父親の仕事の関係で、家族でイギリスへ渡りましたが、本作には「個人的に思い描く日本」(2024年9月イギリス撮影地でのインタビューより)が内包されているといいます。

「人は過去をどのように記憶しているのか、記憶が現在の欲求や感情によってどのように操作されるのか、どうやってある世代の記憶や経験は次の世代に伝えられていくのか−−

(中略)そして私の両親や祖父母がそうであったように、第二次世界大戦という激動の時代を生き抜いてきた日本人について考えるとき、一生の間に自分を取り巻く社会の価値観がガラリと変わり、少し前までは最も誇りに思えた業績が、恥ずべき、隠さなくてはならないものになってしまうのを目の当たりにするのは、どのようなことなのだろうと思ったのです」(同)

©︎2025 A Pale View of Hills Film Partners イギリス移住後の悦子を演じた吉田羊さん

イシグロさんは、公式上映後に行われた日本メディア向けのインタビューで「この本を書き終わった段階では、まず出版されるとは思いもしませんでした。当時 25 歳で誰がこの本を読むかもわからなくて」と当時を振り返りました。

今回の映画化については、石川監督との綿密な対話から脚本が生まれたといいます。

「脚本を書くことには関わっていませんが、話し合いはたくさんしました。(石川)慶さんを信頼しているので途中から引いて任せることにした結果、映画が小説のストーリーにとても忠実であることに驚きました。にも関わらず、これは慶さんの映画でした。この映画をこれから世界中の人が観てくれて、小説にあった弱いところ、足りていないところを石川監督やそのチームが直してくれていると感じています。

初期の段階からチームとディスカッションを重ねて、この映画が(作品の)新しいバージョンでもあるし、進化したバージョンでもあると思います」(イシグロさん)

節目の年に見つめ直したい過去の体験

©︎2025 A Pale View of Hills Film Partners カンヌ国際映画祭のフォトコールに登場した石川監督(左)とイシグロさん(右)

今年2025年は広島と長崎への原爆投下および終戦から80年の節目です。原爆により甚大な犠牲者が出た広島と長崎も(もちろんそれ以外の都市も)、今では見事に復興を遂げました。その一方で、街の至る所には過去の悲しい出来事の記憶が残っています。

今回の映画を作るに際して、石川監督は何度か長崎に足を運んだそうです。

「長崎に実際に行ってみると、あの地形は本当にアップダウンがあって、ちょっとリスボンを思わせるような『港町』という感じの。その中で、あ、この地域に原爆が落ちたんだ、と1 つ 1 つ本当に手に取れるような城山という場所もあって、カズオ・イシグロさんのお生まれになったところとかも歩かせてもらって。

先ほどカズオさんのイメージの中の長崎と言いながらも、本当に手触りとして、ここをイメージされて書かれていたというのが実際歩いてみると凄くわかって、その辺はとても大事にしながら(描いた)」(石川監督)

長崎や戦争についてのテーマはこれまで数多くの日本映画で描かれてきましたが、石川監督は「イギリスの視点が入ることと、そしてカズオ・イシグロ的な“信頼できない語り手”によるミステリー感が加わることによって、全く新しい視座を獲得している」と述べます。

©︎Yukinobu Shuzui 日本メディア向けの取材に対応する石川監督

「今回映像化するにあたってすごく思ったのは、わからないものをわかったつもりで画にしないでいきたいということ。それは信頼できない語り手というギミックでもあったんですけど、それよりもやっぱり記憶や歴史って、自分の祖母から戦争の話とかを聞いて、でも、そんなに細かくは聞いてないけれどなんか自分の中ですごく大きな手触りとして残っていて、そういうものの方が事実の羅列よりもやっぱり大事なんだろうなと」(石川監督)

作品の中では、長崎で暮らす人々が、いずれの役も印象的に描かれています。

「実際歩いてみて、調べてみると、1952 年の長崎って凄く復興しているし、駅の周りに洋裁店とかも沢山あって、キャバレーがいっぱいできてみんな音楽を楽しんでいて。そういう時代だったんだなと思うと、もちろん原爆というのがそこにはあるけれども、やはりそこに生きている、生き生きとした人を描きたいなって。

このキャストの方々に集まってもらって、やはり長崎パートが、人がちゃんと生きてるっていうのはすごく誇りに思うし、やはりそれが今回凄く大事な要素だったかなと思っています」(石川監督)

日本での公開は2025年9月5日。あらためて過去を振り返り、今の私たちと重ねながら、当時の時代と長崎に思いを馳せたくなる作品です。

©︎2025 A Pale View of Hills Film Partners

原作:「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ/小野寺健訳(ハヤカワ文庫)

監督・脚本・編集:石川慶『ある男』
出演:広瀬すず 二階堂ふみ 吉田羊 カミラ・アイコ 柴田理恵 渡辺大知 鈴木碧桜 松下洸平/三浦友和

製作幹事:U-NEXT
制作プロダクション:分福/ザフール
共同制作:Number 9 Films、Lava Films
配給:ギャガ
助成:JLOX+ ⽂化庁 PFI

©︎2025 A Pale View of Hills Film Partners

■公式サイト:https://gaga.ne.jp/yamanami/
■公式X:@apaleview2025

2025年9月5日(金) TOHOシネマズ日比谷 他 全国ロードショー

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