
【鳥取県】「鳥取県立美術館」にお出かけしたら楽しみたい♪美術館周辺にあるステキなカフェ♪
2025.5.19
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こんにちは。東伯郡琴浦・鳥取特派員「miumiu」です。
5月に入って連日気温が高い日が続きますネ。みなさん灼熱砂漠のある鳥取県にお越しの際は、熱中症予防で適度な水分補給を心がけてつかぁさい。特に、鳥取砂丘は太陽の照り返しがあり体感温度が上がりますけぇ、帽子、日傘を準備して、水分補給を忘れないように散策をお楽しみください。また、少しでもエライ(鳥取弁で「疲れた」という意味)と思ったら観光や散策を止めて休憩してつかぁさいネ。
さて、2025年3月30日(日)倉吉市(くらよしし)にオープンをした「鳥取県立美術館」では、ブリロ・ボックスをはじめ1年を通じて素晴らしい作品を楽しめる展示会を予定しています。また、美術館前にある山陰最大級国指定史跡「大御堂廃寺跡」では歴史を身近に感じることができますよ。今月は、「鳥取県立美術館」周辺のカフェ、歴史散策スポットをご紹介します。
1952年(昭和27年)倉吉町役場が焼失。翌年、1953年(昭和28年)に倉吉市(くらよしし)が発足して市の拠点でもある市庁舎の建設が急がれているなか、北条町(現北栄町)出身の東京大学教授岸田日出刀(きしだひでと)に相談したのがきっかけで、岸田日出刀と丹下健三(たんげけんぞう)による共同設計になった。
「戦後、民主主義をかたちにする」「市民に開かれた、市民のための庁舎」というコンセプトのもと設計された「倉吉市役所本庁舎」は、鉄筋コンクリート造り、一部鉄骨造りの地下1階地上3階の建物で打吹山のすそ野からなだらかな地形に、全体を低く広がりをもたせている。
また、開放的な空間構成を併せ持つピロティをはじめ、庁舎から倉吉市が一望できたり、今は閉鎖されていますが議場も外から見えるようオープンな窓になっていたりと「市民に開かれた、市民のための庁舎」が建物から感じられ時間を忘れてしまうほど見入ってしまいました。「鳥取県立美術館」で素晴らしい作品を鑑賞した後余韻に浸りながら「倉吉市役所本庁舎」の”美”をゆっくり楽しむのはいかがでしょうか?!
「倉吉市役所 本庁舎」
・住所: 鳥取県倉吉市葵町722
・駐車場: あり
・開庁時間: 平日8:30~17:15(祝日および年末年始を除く)
・URL: https://www.city.kurayoshi.lg.jp/
倉吉市(くらよしし)にある「大岳院」は1605年に開創された曹洞宗の寺院で山号は萬祥山(ばんしょうざん)とし、打吹城主中村栄忠(しげただ)が父・一栄(かずしげ)の菩堤所として造営。
江戸時代に署された「伯耆民談記」(ほうきみんだんき)によると、寺院が建立された場所は、天正(1573年~1592年)頃で山名氏豊(うじとよ)の城館があったと伝えられる。境内には、山名氏豊と息女胡麻姫(こまひめ)を祀る胡麻姫八幡宮や光格天皇の御生母大江磐代君(おおえいわしろぎみ)の母・りんの墓所がある。
境内に8匹いる犬が見守る先にあるのが里見忠義の墓所。
1614年(慶長19年)、勢力争いに巻き込まれた安房国館山城(あわのくにたてやまじょう)最後の城主の里見忠義(ただよし)は、幕府により伯耆国に転封を命ぜられ領地を移すことになった。事実上の配流に等しい扱いとのことなので流罪としての島流しのようです。
館山城(千葉県)から江戸へ125km、江戸から京都を経て倉吉市(鳥取県)へ770km。
今のように自動車、列車、バス、飛行機がない時代、長距離を移動するのは体力的にも精神的にも辛く大変だったんでしょうネ。その後、倉吉市に到着し8年暮らすのですが最終的に関金町堀まで20km屋敷を移され29歳の若さでこの世を去りました。遺言によって「大岳院」に埋葬。墓所には、里見安房守忠義と殉死した8人の家臣、叔父の正木時茂(ときしげ)、家老の堀江能登守(のとのかみ)の墓石が祀られています。
また、ご存知の方もおんさると思いますが、江戸時代後期に曲亭馬琴によって署された「南総里見八犬伝」は里見忠義がモデルとされています。
「大岳院」
・住所: 鳥取県倉吉市東町422
・駐車場: あり
・定休日: 年中無休
・営業時間: 8:00~17:00
・URL: http://www.ncn-k.net/dai-gaku/
倉吉市(くらよしし)巌城(いわき)にある「山名寺」(やまなじ)の裏山中腹あたりにある「三明寺古墳」は、雨が降った後など足元が滑りやすくなるので履き慣れた歩きやすい靴で行かれることをオススメします。これからの季節は虫もいますけぇお気をつけください。
ん?! 「三明寺古墳」のはずだに「延命地蔵」ってなんだいや?! 近くにあった案内を読みますと「三明寺古墳」石室内には300年前から地蔵尊が祀られており子供たちの健康・交通安全・諸災消除などの御利益があり多くの人々の信仰を集めているだそうです。
ドキドキしながら玄室に入ると、おぉ! 「延命地蔵」がおんさった! 日中でも暗くて足元が悪いことがあるのでライトを持参されるとよいかと思います。
約300年前より「志津賀石窟(しつがせっくつ)」として知られている「三明寺古墳」
古墳時代後期(約1400年前)のもので向山古墳群の中で最大。山陰地方でも最大級のもので、当時の大豪族、勝部氏(大御堂を建てたと考える)の墓ではないかといわれています。
中央部に巨大な切石(板状やブロック状に加工した石)を組み合わせて作った横穴式石室があり、石室は全長8.3m、玄室は長さ3.7m、幅3.2m。玄室内に、入り口を向かって口を開くコの字状の石屋形があって石屋形には蓋石が乗っていたと推定される。こちら、熊本県、福岡県の古墳で見られるもので海を越えて交流があったことがうかがえるんですが、どんな交流があっただらぁか?! 想像するとわくわくしますネ。
こがに大きな石をどがやってここまで移動しただらぁか?! すごいなぁとしか言葉が出ませんわ。ちなみに、倉吉市内には、同様の巨大石室がいくつかあるんですが、石室の形状などから向山6号墳→三明寺古墳→波波伎神社(ははきじんじゃ)境内にある福庭古墳(ふくばこふん)の順に造られたとされるそうです。
むかしむかしに造られた古墳巡りをするのも楽しいかも知れませんネ。
あと「三明寺古墳」の近くに宝篋印塔(ほうきょういんとう)、山名時氏(やまなときうじ)公の墓塔がありますので合わせてご覧ください。
「三明寺古墳」手前にある「山名寺(やまなじ)」は、延文4年(1359年)伯耆国守護・山名時氏公によって創建された「光孝報恩禅寺」戦国時代末期、山名氏の滅亡により衰退し、慶長10年(1605年)倉吉城主中村伊豆守により再興「清浄山山名寺」と称した。山名氏の定紋を見ることができますので、どこで見られるか探してみてください♪
なかなか距離があるので歩き疲れるかも知れませんが、ちょっぴりマニアックな「鳥取旅」が思い出いっぱいになりますように。
「三明寺古墳」
・住所: 鳥取県倉吉市巌城(いわき)956
・駐車場: あり