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【滋賀】大河ドラマ「豊臣兄弟!」の舞台・賤ヶ岳へ!戦場に残る「もうひと組の兄弟」の物語

長月あき

長月あき

岐阜特派員

更新日
2026年8月25日
公開日
2026年8月25日

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。8月23日の放送では、羽柴秀吉と柴田勝家が激突した「賤ヶ岳の戦い」が描かれました。その舞台となったのが、滋賀県長浜市にある賤ヶ岳と余呉湖周辺です。
天下人への道を歩んでいく秀吉・秀長兄弟。その戦いの舞台を実際に訪ねてみると、賤ヶ岳には「もうひと組の兄弟」の物語が残されていました。
今回は大河ドラマ「豊臣兄弟!」をきっかけに、賤ヶ岳古戦場から2026年にオープンした「賤ヶ岳戦国ステーション」、そして戦場に散った兄弟ゆかりの場所を訪れました。

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大河ドラマ「豊臣兄弟!」の舞台・賤ヶ岳へ

天正11(1583)年、織田信長亡きあとの主導権をめぐり、羽柴秀吉と柴田勝家が激突した賤ヶ岳の戦い。その舞台となった賤ヶ岳は標高約421m。山頂からは琵琶湖と余呉湖をはじめ、竹生島や伊吹山などを望むことができます。

山頂には「賤ヶ岳古戦場」の碑や、合戦で命を落とした武将を思わせる像などがあり、ここがかつて戦場だったことを今に伝えています。

そして北側を眺めると、山々に囲まれた余呉湖が見えます。現在は静かな湖が広がるのどかな風景ですが、この周辺の山々には羽柴・柴田両軍の砦が築かれていました。

「賤ヶ岳戦国ステーション」で賤ヶ岳の合戦を知る

賤ヶ岳周辺を観光する前に、まず立ち寄りたいのが「賤ヶ岳戦国ステーション」です。大河ドラマ「豊臣兄弟!」の放送を契機に開催されている「北近江豊臣博覧会」の施設のひとつとして、2026年4月にオープンしました。

館内には、賤ヶ岳の戦いにまつわるさまざまな解説パネルが展示されています。なかでも目を引くのが、床に広がる大きな陣形フロアマップ。羽柴・柴田両軍がどこに布陣していたのかがひと目でわかります。

武将グッズを購入できるショップもあり、入館は無料。さらに、アンケートへの回答やInstagramのフォローなどでプレゼントがもらえるお楽しみ企画も。賤ヶ岳を訪れるなら、ぜひ立ち寄っておきたいスポットです。

賤ヶ岳の戦いといえば、秀吉の「美濃大返し」や「賤ヶ岳七本槍」がよく知られています。しかし今回、館内の解説パネルを見ていて気になったのは、勝者となった秀吉側ではなく、敗れた柴田勝家側のひとりの武将でした。

 

  • 賤ヶ岳戦国ステーション エントランス
  • 陣形フロアマップ
  • アンケートへの回答・Instagramのフォローでいただいた景品

■賤ヶ岳戦国ステーション

所在地:滋賀県長浜市余呉町中之郷2434(旧余呉文化ホール)
開館時間:10:00~16:00 最終入館15:30
休館日:原則無休(主催者都合による臨時休館あり)
入館料:無料
期間:令和8年4月4日(土)~12月20日(日)

賤ヶ岳に残る「もうひと組の兄弟」の物語

柴田勝家に仕えた武将で、大河ドラマ「豊臣兄弟!」にも登場しています。賤ヶ岳の戦いを前に、柴田勝家のもとに家臣たちが勢揃いする場面。佐久間盛政の隣に「柴田家家臣 毛受勝助」と名前のテロップ付きで、その姿が映し出されました。
登場はわずかな時間でしたが、この毛受勝助には、賤ヶ岳の戦いで語り継がれてきた物語があります。

柴田軍が敗走すると、勝助は主君・勝家を越前へ逃がすため、自らが勝家の身代わりとなり、追ってくる秀吉軍を食い止めたと伝えられています。

そして勝助とともに戦場に残ったのが、兄の茂左衛門でした。
兄弟は圧倒的な兵力差のなかで秀吉軍を迎え撃ち、奮戦の末、ともにこの地で討ち死にしたといいます。

「豊臣兄弟!」をきっかけに訪れた賤ヶ岳で知った、もうひと組の兄弟。

天下へと歩みを進める秀吉・秀長兄弟とは立場も運命もまったく異なりますが、同じ賤ヶ岳の戦場に、こんな兄弟の物語が残されていました。

「もうひと組の兄弟」が眠る毛受の森

毛受兄弟の墓

賤ヶ岳戦国ステーションでもらったマップを見ると、そこからほど近い場所に「毛受兄弟の墓」が記されていました。せっかくなので、訪ねてみることに。

賤ヶ岳の戦いのあと、毛受兄弟の忠義と覚悟を知った秀吉は深く感銘を受け、兄弟を手厚く葬らせたと伝えられています。また、残された毛受一族を自らの家臣にしたともいわれています。
兄弟の忠節は後世まで語り継がれ、明治時代には墓が建てられました。その周囲は「毛受の森」として、現在も地元の方々によって大切に整備されています。

木々に囲まれた静かな森。その一角に、毛受勝助と兄・茂左衛門兄弟の墓がありました。

賤ヶ岳の戦いは、秀吉が天下人へと近づく大きな転機となった戦いです。そのため、美濃大返しや賤ヶ岳七本槍など、どうしても勝者側の物語に目が向きがちです。

大河ドラマではほんのわずかな登場だった毛受勝助。しかし、敗れた側にもまた、440年以上にわたって語り継がれてきた物語があることに気づかされます。

 

  • 毛受の森
  • 毛受の森にある行市山登山口。砦跡などを巡る登山ルートになっているそう。

山頂から見た余呉湖、その湖畔へ

車を少し走らせて、賤ヶ岳山頂から見下ろした余呉湖の湖畔へ向かいました。

現在は「鏡湖」とも呼ばれる余呉湖。現在は山々に囲まれた穏やかな湖ですが、賤ヶ岳の戦いではこの周辺も戦場となり、多くの兵がここで命を落としました。

山頂から眺めた湖を、今度はそのほとりから眺めてみます。
勝者となり、天下へと歩みを進めた豊臣兄弟。
一方、主君を逃がすため戦場に残り、ここで散った毛受兄弟。

ドラマの舞台となった賤ヶ岳の風景とともに、この地に残された「もうひと組の兄弟」の物語を訪ねてみてはいかがでしょうか。

余呉湖
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