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2023年3月、エルアル・イスラエル航空の定期直行便が東京(成田)~テルアビブ間に就航した。両国を繋ぐ初のダイレクトフライトで早くて楽チン(約12時間)。早速搭乗し、イスラエル旅行へ行ってきた。 そこで、この旅を6回に分けてレポート! 第3回は、ユダヤ教やイスラエルのユニークな社会集団について報告しよう。
ティベリアからガリラヤ湖の北にあるツファットの村を目指し、つづら折りの峠道を走る。海抜マイナス220mにある湖から、標高1200mほどのメイローン山を目指すように進む。振り返ると遠方にはゴラン高原が壁のように連なっていて、広大な遠景が美しい。
ツファットは標高約900mと、イスラエルでは高地に位置している町のひとつ。高台から周辺を一望できるロケーションで、山あいのため車が走る道路も狭く、階段もそこかしこに。小さな市庁舎の前から狭い路地を巡り歩く。静かで穏やか、こぢんまりした町だ。
旧約聖書に由来するともいわれる歴史ある町ツファット。ローマ帝国後も十字軍時代を経て、アイユーブ朝をはじめとする数々のイスラム系の王朝によって統治され、オスマン朝時代にはガリラヤ湖周辺でもっとも大きな町だったらしい。15世紀頃、スペインでユダヤ教徒追放令が出され、この町は多くのスペイン系ユダヤ人を受け入れることになった。その中にユダヤ教密教思想主義者がいたことから、その思想が発展し、次第にユダヤ教神秘主義の中心地になっていく。
そして今でも多くの敬虔な信者が生活し、同時に多くの巡礼者が訪れる「憧れの聖地」となった。案内してくれたドライバーも
「仕事でもここに来ると心が洗われた気分になる」と語っていた。
石畳の路地を上り下りし、ギャラリーやみやげ物店が軒を連ねるアーティスト地区へ。
目に飛び込んで来たのはメズーザーという宗教的なグッズ。直訳すると「門柱」という意味だそうで、戸口に取り付けるもの。中には律法のもっとも重要な一節が記された紙が入っている。ユダヤ教徒は戸口に立つたびに、メズーザーに触れ、神を思うという。
ガイドさんの説明を聞くと宗教的で堅苦しい思いを抱いてしまうが、この店のメズーザーはそんなイメージとかけ離れた色鮮やかさ。石などの自然をモチーフとしたデコレーションがユニークで、ふとお気に入りの一品を探したくなる。
ガラス張りのギャラリーの中にはさまざまな作品が並ぶ。「ドコから来たんだい? 買わなくていいから見ていきなよ」なんて店の人たちは砕けた感じで声をかけてくれる。みやげ屋の店先に並ぶアイテムも手に取って買いたくなるような物が多く、それらが宗教的な一品であることを忘れていることに気づかされる。
アーティスト地区から石畳の階段を上がり、ユダヤ教の会堂(シナゴーグ)が点在するシナゴーグ地区へ。訪れたのはアリ・アシュケナジー・シナゴーグ、「アリ」として知られるラビ(ユダヤ教指導者)のイツハク・ルリアを記念して建てられたシナゴーグだ。
教会の人に入場してかまわないかと尋ねると、頷きながらキッパを差し出してくれた。キッパとはユダヤ教徒の男性が被る帽子のようなもの。シナゴーグなど聖所に入る場合には貸し出し用のキッパが用意されている。
ユダヤ教は偶像崇拝が禁じられているので、キリスト教の教会のように聖人の像や絵画などがない。同じように偶像崇拝を禁じているイスラム教のモスクは、アラベスク模様やカリグラフィーなどで装飾されることが多いが、シナゴーグはどちらかというと簡素な空間だ。
シナゴーグで最も重要なのは正面にある聖櫃。「(神との)契約の箱」ともいわれ、トーラー(聖典となるモーセ五書の巻物)を保管している。アリ・アシュケナジー・シナゴーグの聖櫃は重厚なタペストリーで覆われていて、「十戒」の石板を掲げる獅子のモチーフが象徴的。これはラビ・イツハク・ルリアの頭文字「アリ」という名が獅子を意味するところから。敬虔な信者たちが訪れてはこの布に触れて祈っていたのが印象的だった。
キブツとは20世紀初頭にイスラエルで始められた生産力を持った生活共同体のこと。移住者は農業、酪農などに従事したり、手工芸やアートなどそれぞれができる分野で働く。子どもたちは子ども同士で共同生活をし、週末は家庭で過ごすという具合。キブツによってシステムに多少の違いはあるが、社会主義と経済活動の折り合いを付けたイスラエル独自の共同体だ。
先進農業や工業化、観光業で成功したキブツもあるが、実のところここ20~30年は衰退しているキブツも多いという。そんなキブツに起業家として乗り込んだのがエリ・シャケッド氏。キブツに外から人を呼び込むという意味では観光キブツに近いのかと思いきや、普通の農場体験や一時的な自然生活とはちょっと異なる場を提供している。
「遠くに牛舎や養鶏小屋(写真右上)が見えるでしょう」。案内しながらシャケッドさんが指をさす。彼はもともとあった農場、酪農や養鶏も可能なこのキブツに着眼し、ジャグジーやサウナが備わるゲストハウス(写真下)やクラフトビールを提供するビアバーを増設した。ヨガ・スタジオ(写真左上)、アトリエ、プールやミーティングルームなども併設。日々の食事は暖炉が備わり、Wi-Fiも飛ぶカフェテリアで提供するという。
「単純に改修するだけでなく『居場所』となるような施設づくりを心掛けたんです」
偶然にもCOVID-19(コロナ)で人々の考えが変わってきた時節だ。
「町の生活に疲れた人が土いじりに魅力を感じたり、山の中の何もない場所での生活に戻り出したんですよ。今ではその手助けをしているような形です」
「これ、ここで採れたキャベツの丸ごとオーブン焼き(写真右上)、お気に入りの一品なんです、食べてみて」
吹き抜けのカフェテリアでランチのテーブルを囲みながら話は続く。
「食材はもちろんオーガニックです。酪農も行うし養鶏場もあるので最短の地産地消ですね」
「会議室もWi-Fi設備もあって、ここで仕事しながら心や体を休めることができるんです。時間ができたら森に入ってキノコを採ったり、牧場で動物の世話をしたり、ワーケーションや長期滞在の人が多いんですよ」
キブツの集団生活というシステムは、現代にあっては敬遠されがちなものになりつつあった。そのキブツに新しい視点で起業し、ニューモデルのキブツを生み出している。ここは都市生活者のシェルターのような場所でもあり、新しいライフスタイルを提案する場所でもあるようだ。
モシャブが営むルエリア・ワイナリーを訪ねる。モシャブとはキブツとよく似たイスラエル独自の共同体だが、キブツとは異なり家族経営の農場を協同組合がまとめ上げる農村単位の運営形式。イスラエルで主流の農業経営方式だという。イスラエル北部のモシャブにあるルエリア・ワイナリーは、代々この地で農業を営むサヤダ家が経営している。サヤダ家の現在の当主であるギディ・サヤダ氏が案内してくれる。
「父ヨセフが始めたワイナリーなんです。ワイン用のブドウ栽培はオスマン朝時代に途絶えてしまったのですが、父がドイツ人医師に栽培技術を教わりながら少しずつ育成していったそうです」
ブドウ栽培の再興に留まらず、ギディさんはさらにワイナリー経営に手を広げ、今や世界的にも評価の高いワインを生み出すに至っている。
「この辺りは玄武岩やテラロッサ(赤土の一種)、白亜質の層が混在するめずらしい土壌なんです、夏場にはメイローン山(メロン山)から吹き下ろす風がブドウの身を冷やしてくれるすばらしいテロワール(ブドウ畑の自然環境)が揃った場所です。このボトルとこのボトルは品評会で賞をもらってます」
そういうと次々にボトルを開けていく。
「ではブドウ畑も案内しましょう。工事が入っているので新しい店はお見せできないのですが、ゲストハウスを見せますよ」
ギディさんの経営になり、農園は50エーカー、ブドウは14品種にまで広がったそうだ。近々、街道沿いに大型店舗もオープンするという。
ブドウ畑を見守るようにメイローン山(メロン山)が鎮座している。
「ヨーロッパからバカンスで訪れる人が多いですね、時期を合わせればブドウ摘みの体験もできますよ。ぜひ日本の人たちにも泊まりに来てほしい」
青い空によく映えるプールサイドでのんびり日光浴し、そのあとはバーベキューができるパティオでエンジョイ、広い寝室にキッチン、ゲストハウスと呼ぶにはあまりにも贅沢な宿泊設備に「バカンス」という言葉からはほど遠い日本の休暇を思い描いていた。
先日訪れた発達障害の人々と生活を共にするチューリップ・ワイナリー、ニュースタイルを提供するキブツ・モラン、そして意欲的なモシャブのルエリア・ワイナリー、イスラエルの若い世代の人たちが積極的でチャレンジ精神にあふれ、どんどん新しい事業に乗り出している。どうもワインに酔うよりもイスラエル人の起業スピリットに酔ってしまった感じだ。
文・写真:田中さとし
■第1回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003090/
■第2回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003211/
■第4回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003297/
■第5回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003371/
■第6回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003438/
イスラエルは、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、それぞれの聖地がある国です。国としては、75年前に建国したばかりの若い国ですが、その歴史は4000年以上も前にさかのぼります。日本では紛争に関するニュースばかりが目立って届きますが、実は世界中からの巡礼者をはじめ、一年中観光客が絶えない観光立国。海抜マイナス400mにある死海リゾートも注目を集めています。本書では、イスラエル各地の見どころはもちろん、パレスチナ自治区、エジプトの巡礼地やシナイ半島のリゾート、さらには日帰りで行けるヨルダンのペトラ遺跡の情報も紹介しています。イスラエルを安心・快適に楽しむ旅のテクニックも充実。
E05 地球の歩き方 イスラエル 2019~2020
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2018/10/10発売イスラエル。そこは新と旧、西と東が入り交じる不思議な国。聖なる地ならではの美しい風景、ここにだけ混在する文化の交差点へ!
イスラエル。そこは新と旧、西と東が入り交じる不思議な国。聖なる地ならではの美しい風景、ここにだけ混在する文化の交差点へ!
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(関連記事)https://www.arukikata.co.jp/web/catalog/article/travel-support/