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2023年3月、エルアル・イスラエル航空の定期直行便が東京(成田)~テルアビブ間に就航した。両国を繋ぐ初のダイレクトフライトで片道12時間ほどと早くて楽チン。早速搭乗し、イスラエル旅行へ行ってきた。 そこで、この旅を6回に分けてレポート! 第5回は、死海を離れエルサレムへ。イスラエルの家庭におじゃました貴重な体験をご報告!
死海での浮遊体験の翌日、マサダ遺跡を訪ねた。ここはヘロデ王が冬の離宮として整備したところ。しかしユダヤの人々にとっては民族の結束を象徴するような場所であり、ただの遺跡でない。
ユダヤ戦争(紀元66~73年)の際、ローマ軍によってエルサレムが陥落すると、逃げてきた967人のユダヤ人がここに立て籠った。2年にわたり、ローマ軍の攻撃は続き、いよいよ敗北を迎えるという時に、彼らは捕らわれるよりも自決することを選んだ。このときからユダヤ人の2000年にわたる離散の歴史が始まった。
実際には900もの遺体は見つかっておらず、イスラエルの作家によるフィクションともいわれているが、遺跡からは自決の順番を決めたクジも発掘され、博物館に展示、この目で確かめることができる。
民族が離散することとなった「マサダの悲劇」を繰り返さないというユダヤ人の決意は、この場所でイスラエル国防軍将校団の入隊宣誓式が行われていることに象徴される。「マサダは2度と陥落させない」、式の最後はこの言葉で締めくくられるという。
ユダヤの人には特別な場所であると同時に、ここは世界遺産にも登録された観光地でもある。海抜マイナス423mの死海のほとりから大型のケーブルカー(日本の呼び方ではロープウェイ)で400mの急峻な崖を一気に上がる。通路を進むと崖の頂上部分に遺跡が忽然と現れ、訪れたものを驚かせてくれる。砂漠の断崖を見下ろすとそこには荒涼とした土地が広がり、その向こうには死海が穏やかな表情を見せ広がっている。
この特別な場所にヘロデ王は離宮を整備した。各所に貯水槽が造られ、1日の雨で2~3年は持つほどの水量を蓄えたそうだ。遺跡からはローマ風スチームバスも発掘されている。
その離宮跡でローマの軍勢に囲まれ、籠城しながら生活を重ねる人々の気持ちはどんなものだったろう。下を眺めれば荒涼とした大地に不釣り合いな人工的な平地がいくつも見受けられる。それらは1,5~2万人のローマ軍がマサダ包囲網として駐屯地を作ったもの。強大で恐ろしい力の痕跡でもある。
ケーブルカーのほかに「蛇の道」と呼ばれる細い山道が頂上と下界を結んでいる。熱心なユダヤ教徒はまるで籠城の苦行を思い起こすかのように、急峻な道を早朝から歩きはじめ、思いの詰まるこの場所を目指すそうだ。
死海地方を出て、車は一気に1200mほども標高を上げる。目指す聖都エルサレムは標高800mほどの高地にあるのだ。まずは全容を確かめるべく小高い丘の上にあるヘブライ大学のキャンパスへ。
ひときわ目立つのは、黄金の屋根が輝いている岩のドーム。この施設はムハンマドゆかりのイスラムの聖地なのだが、このドームが建つ地こそが「神殿の丘」と呼ぶユダヤの聖地だ。木々の下には古代の城壁がところどころ顔を出す。さらに右へ目をやるとキリスト教会の塔も見つけることができた。
信仰心や宗教的な思い入れはないのだが、3つの宗教の「聖地」を間近で眺めるのはとても感慨深い。
ランチタイムにマハネー・イェフダー市場を歩くことに。
野菜やフルーツ、肉や魚といった日々の生活に欠かせない定番の品から、
ナッツやドライフルーツ、デザートやお菓子など色鮮やかな品々が店先を彩っている。カフェや食堂、バーでは地元の人たちが寛いだり、おしゃべりに夢中になる姿も。300近い店が集まるマーケットは見ているだけでも楽しい。
市場の人たちは忙しく働いているが、一眼レフのカメラを見つけると「おれたちを撮ってくれよ」なんてしぐさで近づいてきて、意外に人懐っこい。
「買わなくていいから食べてみな」と試食の楊枝を次から次に突き出してくるので、つい笑ってしまう。
観光市場でなく、日々の食を担う市場なのだが、働いている人も買い物客も明るく親切で心が和む。日本に持って帰れるはずもないのだが、色とりどりの品々を吟味して買いたくなってしまう。市場はエネルギッシュで楽しい場所だ。
エルサレムで一番にぎやかなベン・イェフダー通りへ。
エルサレムストーンというベージュ色の石で作られた建物が多いこの町、石畳や建物が落ち着いた色合いを見せており、散策するだけでも穏やかな気持ちになる。特にこの通りにはデザイナーズショップや新進のギャラリーなど流行に敏感な若者や旅行者の注目を集める店が多い。
ユダヤ教では金曜の日没から土曜の日没までが「安息日(シャバット)」と定められており、週休2日が一般的な学校や職場は金曜と土曜が休日となる。この日は金曜の午後、カフェは学生や若い世代の人であふれていた。
そぞろ歩きを楽しんでいると日が傾いてきた。先ほどまで走っていたLRTは夕方になり、運休に。そのためキング・ジョージの広い通りは線路の上もおかまいなしの歩行者天国のようになっている。
「仕事をしてはいけない」安息日があることは知っていたが、公共交通機関まで休みになるとは。ガイドさんによるとバスやLRTは運休し、タクシーはイスラム系ドライバーのみ就業するのだそう。そういえば人があふれかえっていたマハネー・イェフダー市場でも早々に店じまいしている姿をあちこちで見かけた。繁華街ベン・イェフダー通りのオシャレな店も次々にシャッターを降ろし、スタッフはカギをかけて帰っていく。
金曜(日本なら土曜に当たる)の夕刻に東京・銀座の店が次々に閉まっていく姿を想像できるだろうか。驚きの多いこの国だが、シャバットはもっとも驚いた日常的のできごとだ。
旅行者としては「店が閉まっている安息日にあたってしまった」と失望するかもしれないが、実は公共交通機関もストップするため町に人がいない、という他の国では見られない光景を目にする機会でもある。イスラエルならではの特別な空間を楽しんでほしい。
宗教的な意味合いはともかく、休むときに休むのはある意味で健全な社会なのかもしれない。
安息日の夕食はシャバット・ディナーと呼ばれ、家族や親戚で集い、テーブルを共にするのがユダヤ教徒の一般的な習慣。
エルサレムを一望できる住宅街に居を構えるトウソン Touson 家のシャバット・ディナーにお招きいただき、安息日の食卓を共にすることに。見知らぬ家庭にお邪魔するので少しばかり緊張を伴うのだが、この家庭では外国人旅行者にシャバット・ディナーを提供して文化交流を図っているという。イスラエルではこうした家庭訪問のプログラムも積極的に推進していて、観光案内所などでも紹介してくれるそうだ。この日もイスラエルでの結婚式を計画しているというユダヤ系アメリカ人カップルが同席していた。
「多くの人たちと食卓を共にすることが多くの幸を招くことになるんですよ」
そう言って笑顔で迎え入れてくれたのは、シャニナ Shanina さんと大学生の長女。高校生と中学生の息子2人は見慣れぬ日本人に少しはにかんだ様子を見せたが、キッパを貸してくれたり、席を用意してくれたり、ホスト役として行き届いた気遣いをみせている。
絵画を制作する芸術家のシャニナさんが挨拶を済ませると、女性たちにキャンドルに灯をともし、祈りを捧げるよう促す。
高台にあるアパートメントの窓から色鮮やかな夕陽が差し込み、時折、心地よい風がカーテンを巻き上げる。
唐突にシャニナさんが
「エアコンを入れますか? 今すぐに決めなければ、ラストチャンスです」と皆に問いかける。
涼しい風が入ってきていたので「このままでも大丈夫です」と一同頷き合いながら答えたが、のちほどガイドさんに教えてもらうまでこの質問の意味するところがわからなかった。
シャバットは「仕事をしてはいけない」日。いわゆる労働ばかりでなく、作業、使役、行為もしてはならない。エアコンのスイッチを入れることも「作業=仕事」、金曜の日没前にすべての「仕事」を終えるために必要な問いかけだったのだ。
滞在していたホテルにもシャバット・エレベーターのプレートが下げられていた。どういうことかと思ったが、乗ってみて納得。ボタンを押すことは「仕事」になるので、押さずに済むようにすべての階に自動停止するように設定されているエレベーターだったのだ。
夫のシャウル Shaul さんによる祈りの歌でシャバット・ディナーがはじめられた。意味はわからなくても、その美しい歌声に思わず聞き惚れてしまう。
そしてハラーと呼ばれるパンを彼が切り分ける。ハラーは安息日に食べる縄編状のパン。市場でも山積みされて売られていたが、トウソン家ではシャウルさん自らが焼くそうだ。ハラーが順に配られ、グラスに赤ワインが注がれていく。次にサラダが取り分けられ、子どもたちがグリーンピースのスープをテーブルにサーブしてくれる。
なんとパンだけでなくすべての料理をシャウルさんが作っているという。アルゼンチン出身のシャウルさんは英語が苦手らしく、ウルグアイ出身のシャニナさんともスペイン語をかわしていて、食卓の会話には入ってこない。
「このスープ、とてもオイシイです」と旅先で覚えたスペイン語で話しかけると
「もっと食べなさい、おかわりがあるよ」と笑顔で勧めてくれた。
「日本人なのにスペイン語ができるのかい?」と急なスペイン語の問いかけを面白がった様子で
「いえ、ちょっとです、しゃべれません。でも豆のスープは本当においしかったです」と答えると笑顔で握手を求められた。
一方でイスラエルで教育を受けている子どもたちは英語が得意。日本のアニメの話が糸口になり、男の子たちは急に打ち解け饒舌になっていく。テーブルを囲むには共通の話題は重要だ。
鶏肉の煮込み、牛肉のシャンピニオンソースがけなどレストランのような皿が続く。語らいながら大皿から取り分ける食卓は楽しい。宗教的な儀礼や儀式もなく、作法にもうるさくないのがとても意外だ。
ユダヤ教にはコシェルという食餌規定があり、「ブタ、ウサギ、貝類、甲殻類を食べない」というものはわかりやすいが、「肉と乳製品を同時に食べない」というものもあり、異教徒にはわかりづらい部分もある。
シャウルさんが焼いたパンも、牛乳やバターは使われていない。食後にコーヒーが出なかったのだが、ミルクを入れて飲むことが多いため、肉料理の後には出さないというのが理由だそうだ。
最後にシャウルさんが祈りの言葉を捧げ、楽しい夕食の時間はエンディングを迎えた。
あまり他人の家で食卓をともにすることが少ない日本人としては貴重な経験、ましてや異国の地ともなればなおさらだ。儀礼的な部分を考えると正月に本家を訪問する感覚であるのだが、安息日は毎週の行いだ。各家庭でこの伝統的食卓が守られているのは正月の習慣すら忘れつつある国民からすると驚きでしかない。
思ったほど宗教儀式的な要素がなく、むしろ朗らかで楽しい食卓。エルサレムの素敵な出会いと時間が心に刻まれた。
帰国後、イスラエル事情に詳しい人にこのシャバット体験を話したところ、シャバット・ディナーは、一般の(世俗派といわれる)ユダヤ人にとっても珍しいものだそうだ。だからこそ観光局では、ユダヤの文化を知るプログラムとして外国人に紹介しているのだろう。エルサレムは聖地だけに敬虔なユダヤ教徒も少なくないらしいが、地域差も大きくイスラエル全体としてはシャバットでも車に乗ったり、クーラーもパソコンも使う人が多いとのこと。シャバットの教えを遵守する人々の割合は少ないとのことで、貴重な体験だったわけだ。今度は、一般の人々の休日ライフにおじゃまして、また別のイスラエルを体験してみたいと思う。
文・写真:田中さとし
■第1回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003090/
■第2回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003211/
■第3回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003244/
■第4回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003297/
■第6回レポートはこちら→https://www.arukikata.co.jp/web/article/item/3003438/
イスラエルは、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、それぞれの聖地がある国です。国としては、75年前に建国したばかりの若い国ですが、その歴史は4000年以上も前にさかのぼります。日本では紛争に関するニュースばかりが目立って届きますが、実は世界中からの巡礼者をはじめ、一年中観光客が絶えない観光立国。海抜マイナス400mほどの低地にある死海リゾートも注目を集めています。本書では、イスラエル各地の見どころはもちろん、パレスチナ自治区、エジプトの巡礼地やシナイ半島のリゾート、さらには日帰りで行けるヨルダンのペトラ遺跡の情報も紹介しています。イスラエルを安心・快適に楽しむ旅のテクニックも充実。
E05 地球の歩き方 イスラエル 2019~2020
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2018/10/10発売イスラエル。そこは新と旧、西と東が入り交じる不思議な国。聖なる地ならではの美しい風景、ここにだけ混在する文化の交差点へ!
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